第2話

「いや、ただのエロノベルでしょ」


「ちがーう!」



 鳴子部長は、手を前に出して、全否定してくるけれど、そのタイトルを聞いてエロ目的以外の内容を思いつかない。



「まったく、これだから男子はだめなのよ。頭の中がエロエロで、すぐにエロい方向に考えるんだから」


「でも、エロい話なんでしょ?」


じゃないの。使なの。間違えないで。天と地ほど違うから」



 句点とピリオドくらいの違いだと思うけどな。


 

「それで、どんな話なんですか?」


「ふふ、聞いて驚かないでよ。初っ端しょっぱなからすんごいんだから」



 ハードルを上げた後に、鳴子部長は、内容を語った。



「長谷川さんは、高校生で、勉強も運動もいたって普通の女の子なんだけど」


  

 鳴子部長は、にかっと笑って見せた。



「基本なの」


「ドエロじゃないですか」



 どの辺にネタ要素があるというのか。



「何ですか? そういう性癖なんですか? ていうかただの露出狂ろしゅつきょうですよ、それ」


「ちっちっち。あまいな、俊介くん。私はエロネタと言ったのよ。ただ、全裸なだけなわけないじゃない」


「ほう」


「まぁ、俊介の言う通り、基本全裸の女の子に、男子が興奮してエロいことに発展していくのだとすれば、それはただのエロ本よ」


「確かに」


「ただ、想像してみて。同じクラスに基本全裸な女の子がいるの。しかも完全無欠の超絶美人。でも、その女の子は全然気にしていなくて、平然と全裸なの。そうしたら、どうなると思う?」


「男子は授業どころではないですね」


「それは想像が浅いのよ。まぁ、最初一ヵ月はそうかもしれないわね。もう、悶々としちゃって、迂闊うかつに立ち上がれなくなっちゃうとか。の方はビンビンに立っているのにね」


「部長、それはエロネタというより、下ネタです」


 

 しかも、とびきり下品なやつ。



「でもね。一ヵ月も経てば、みんな慣れると思うのよ。女の裸を見ても、いや、でも、俺、毎日見てるからなぁ、ってかんじで、もう、みたいな」


「部長、ちょくちょくオヤジみたいな下ネタ言うのやめてくれませんか? こっちも反応に困るので」



 鳴子部長は、無視して話を続ける。



「この物語は、そこから始まるのよ。もう全裸の女の子がクラスにいることに慣れ切ったところに、男の子が転校してくるの」


「なるほど、そいつが主人公なわけですね」


「That's right」



 やかましいわ。



「男の子は、驚くわけよ。クラスに全裸の女子高生がいるんだもの。それなのに、他の生徒は平然としている」


「それは驚愕しますね。僕だったら夢かと思って一発自分の頬をぶん殴ります」


「あ、それはいいわね。採用!」



 急遽きゅうきょ、話が書き足されたようだ。



「男の子は、一発ぶん殴ってみたけれど、目の前には全裸の女子高生がいる。男の子だからね、なるべく見ないようにとするんだけど、ちらちら見ちゃって、顔を赤くするのよ。あら、かわいい」


 

 かわいいか?



「クラスメイトはね、長谷川さんの全裸に慣れてはいるものの、認めているわけではないの。関わらない。いわゆるとして扱っている。男の子も、クラスメイトから、長谷川さんには関わるなと忠告される」


「まぁ、わからんでもないです。僕でも、たぶん似たような忠告をするでしょうね」


「けど、関わっちゃうんだな、これが」



 まぁ、そうでないと物語にならないからな。



「長谷川さんが、不良にからまれるの。全裸だからね、そりゃ不良は絡んでくるわ」



 うん、そのロジックはちょっとよくわからない。



「そこにたまたま居合わせた主人公は、迷いながらも助けてしまうのよ。それ以来、長谷川さんに気に入られて、いろいろな問題に一緒に対峙たいじしていくことになるの。けど、主人公は、身近にいる長谷川さんの全裸姿に、悶々もんもんとしてしまうから、事ある毎に言っちゃうのよね」



 バッと鳴子部長は、指を前に突き出し、ポーズを決めた。



ってね」



 決まった、と鳴子部長は、決めポーズの余韻よいんに浸っていた。


 さて、あらすじを語った鳴子部長と、あらすじを聞いた僕を含む部員達。この状況は、文芸部にとっては、さほど珍しいことではない。


 この後の展開は決まっていて、あらすじを聞いた部員達の添削てんさくが始まるのだ。


 鳴子部長は、わざわざあらすじを述べたが、彼女の話した内容は、おおよそ印刷された資料に記載してある。


 小説ではなく、あらすじと、登場人物と設定の書かれた資料集。


 鳴子部長の話を聞きながら、僕は、資料をパラパラとめくりながら、指摘してき内容を考えていた。


 ふむ、決め台詞ぜりふのフレーズがおもしろいという点で、僕としては好感触であった。あとはシナリオがある程度固まれば、いいかんじに仕上がるのではないかと思う。


 それを踏まえて、聞きたいことはあるが。


 他の部員が何も発言しないのならば、僕から質問してもいいんだけど。


 と、僕が口を開きかけたとき、部員の金森静かなもりしずかがきっぱりと指摘した。



「長谷川さんは何で全裸なんですか?」



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