推して敲け! とある文芸部のわりとまじめな日常

最終章

第1話

「時代はエロだと思うのよね」



 文芸部の部室にて、いつものように、鳴子なるこ部長は唐突にぼやいた。

 

 いつものことで、いささか面倒であったが、そこはいつものように、まず僕が返答することにした。



「真剣なもの言いをしたところわるいんですが、正直、今更感があるんですけど」


「今だからこそよ!」



 鳴子部長はこぶしを握る。



「いい? 俊介しゅんすけの言う通り、文芸の世界において、古今東西でエロネタは使われてきたわ。というより、文芸なんてエロネタしかないと言っても過言ではないわ」


「それは過言だと思いますが」


「いいえ、これは真理よ。人はいつの世もエロい文学を求めているの。エロい表現、エロい女、エロい男、エロいシチュエーション。それらを求めて、人は筆をとるのよ」


「今どきはスマホですけどね」


「レトリックにいちいち突っ込まないの。私が言いたいのはね、この先、物書きとして生きていきたかったら、エロネタを使いこなす必要があるんじゃないかってこと」



 女子高校生の発言としては、非常に残念なことは明らかであるが、彼女の発言自体は、ある程度まとを得ていると僕は思った。



「まぁ、言わんとすることはわかりますよ。昨今さっこんのエロ表現は行き過ぎているとか言う人がいますけど、文学なんて昔からエロネタが満載。むしろ古典文学の方が表現がえぐいですしね」


「そうそう。太宰先生の本とか、ぶっちゃけエロ本だものね」


「太宰先生の本がエロ本かどうかは置いておくとして、文学をやる上でエロネタを使いこなせることは武器になりますよね。ただ、ライトノベルとかウェブノベルの表現はもう少しつつしんでほしいと僕は思いますけど」


「慎むというより、使いこなしてほしいと私は思うわね。文学において行き過ぎと感じる表現は、ものが多いと思うわ。エロはあくまで手法であって、その先にある感情や美しさや笑いを想起させるものであるべきよ」


 エロが目的であれば、それはエロ本、ということを言いたいのだろうか。だとすれば、やはり太宰作品を安易にエロ本とカテゴライズしないでもらいたいのだが。


「で、部長は、エロを極めてどうするんですか? 官能小説作家に転向でもするんですか?」



 女子高校生の官能小説作家なんて、それこそライトノベルに出てきそうなヒロインであるが。



「しないわよ。だって、次に投稿しようと思っているコンテストは18禁NGだもの」



 あ、コンテスト向けの話題だったの。



「何度も言うけれど、私はエロを書きたいわけじゃなくて、エロネタを使いこなしたいの」


「その違いの機微は僕にはわかりかねますが、つまり、今回は、コンテスト投稿用の作品として、エロネタを駆使くしした物語を考えたということでいいですか?」


「そういうことよ!」


 鳴子部長は、ふふん、と指を立てる。



「でも、ただエロネタを使った物語ではないわ。エロネタの最前線を突っ走る物語よ」


「ほう」



 僕が相槌をうつと、鳴子部長は自信をもって物語のタイトルを告げた。



「題して『長谷川さん服を着てください!』よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る