夜会

深川夏眠

夜会

 子供の頃、叔母が、よく私の面倒を見てくれた。当時、叔母はいくつも習い事を掛け持ちしていたので、一緒に教室へ連れて行かれ、端っこにちょこんと座って見守る機会が多かった。だが、色褪せた記憶の映像の中に、再生するたびに首を傾げたくなる箇所がある。華道でも茶道でも書道でもない、何の教室かわからないサロンの情景が残っているのだ。

 宵の口、着飾った若い女性たちが和室で談笑している。一際ひときわ目を引くのは中央に座したショートボブの人で、黒地に大きく深紅の花が描かれた振袖を着ていた。

「ユリエちゃん、これ美味しいわよ、召し上がって」

 そんな風に、にこやかに皿を差し出して勧めてくれるのだが、特に何が始まるわけでもない。先生と呼ばれる年配の男性がいたので、著述家か大学の教授でもあるのか、その人を囲んでいるのは教え子あるいは信奉者なのだろうけれども、そこで叔母がどのように振る舞っていたのか、見覚えがない。誰もが優しく、ちやほやしてくれたので、気分はよかったが、場の意味が把握できないことは私に不安を与え、居心地を悪くさせた。

 ベルベットのワンピースに菓子の細片がパラパラ零れて星屑のようだ……と、ぼんやり思っていたら、一同はガラスの盃で酒を酌み交わし始めた。デキャンタからゆっくり注がれる、とろみのある赤い液体は果して、ただのワインだったのか、どうか。


 その後、叔母は次第に忙しくなり、お琴だけは続けたいと言って、他のお稽古をすべてやめてしまった。




                 【了】



◆ 初出:私家版『珍味佳肴』Romancerパイロット版(2016年1月)

  https://romancer.voyager.co.jp/?p=20414&post_type=epmbooks

画⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/e2aG7xy4

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夜会 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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