虫媒

深川夏眠

虫媒

 瑠璃色、縹色はなだいろ黄檗色きはだいろ……。宝石か、あるいはキャンディの薄片を象嵌したような美しいはねは、もう羽ばたかない。展示室が冷え冷えとしているのは、飴細工にも似た蝶の標本が溶けて崩れるのを防ぐためだろうか。

「蝶がお好きなんですか?」

「別に……」

 こんな場所でかと溜め息混じりに振り仰いだ。仕立てのいい苔色こけいろのスーツを着た背の高い男は小腰を屈め、うっすら笑って、

「随分長く熱心にご覧になっていた。そろそろお疲れでしょう」

 手振りでティールームへ行こうと誘いかける。暇潰しの相手としては充分、及第点を与えていい容貌なので、鷹揚に頷いてやった。

 窓際の小さなテーブルを挟んで向き合う。極度の甘党か、彼は紅茶にポンポン角砂糖を放り込んで掻き混ぜたものの、飽き足らないのか、私のパンケーキに添えられたハニーディスペンサーを食い入るように見つめていたが、呆れた目線に気づき、前のめりになっていた身を引いて咳払いした。

 彼が袖口の異物を認めて軽くはたくと、日差しを反射して煌めきながら舞い落ちた。それは金銀の鱗粉らしかったので、だろうか、異様に甘い飲み物はメインディッシュを平らげた後のデザート代わりだったのかと思ったが、違った。

 彼は席を立ちながら、

「ご紹介したい方がいます。お待ちかねです」

「ああ、そういうこと」

 には違いないが、彼は橋渡し、取り持ち役だったのだ。



                【了】



◆ 初出:パブー(2016年9月)退会済


*縦書き版は

 Romancer『掌編 -Short Short Stories-』にて無料でお読みいただけます。

 https://romancer.voyager.co.jp/?p=116877&post_type=rmcposts

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虫媒 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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