第2話 転移先の同級生

 小高い丘を超えると、木の柵で囲われた畑、木造の民家が見えてきた。村の向こうは森になっているようで、森との境目に川が流れている。道のようなものが向かって左から伸びており、馬車が何台か馬に引かれている。

 少し歩けばって、もう10分以上歩いてるんだが……この距離はさらに10分は歩きそうだぞ……

 引きこもりには厳しい距離だが、歩くしかない。喉も渇いた。昼飯を食べてないせいで腹も減った。

 携帯は試したが、電波がない。これだけ異国情緒溢れていたら納得というものだ。どう見ても現代日本の景色ではない。

 村の入り口には看板が立っており、『ホノル村』と書かれている。ん? 日本語ではないのになぜか読める?

 不思議に思って看板をじっと見つめていると、そこの畑で作業していたおじさんが近づいてくる。おじさんにも獣耳と尻尾が生えている。

「あんた、どうしたんだ。看板が何かおかしいか? それに、ボロボロだし荷物もねえじゃねえか。さては魔物に襲われて御者に逃げられたクチだな? この辺のゴーレムは強いからなあ」

「いや––」

 ぐう、と腹の虫が鳴く。

「まあまあ、今日はサーカスのキャラバンが来てるんだ。要はお祭りだ。腹減ってんだろ? どこから歩いてきた?」

 普段ならうざったいと思うほどの親切が、体に、心に染みる。



「礼なんていらねえからな。この辺で困ってる旅人助けんのが趣味なんだ。なんかの折にまた寄って、土産話でもしてくれや」

「本当にありがとうございます。必ず、何かの形でお返しします……!」

 心の底からのお礼を言い、自分には何もお返しできるものがないことに無念を感じながら––ん?異国の通貨ならどうだろうか?

 ポケットに入っていた財布を探る。千円札三枚と小銭がある。

「親父さん、役に立たないものですが、こんなのはいりませんか?」

 千円札と百円玉を手渡す。

「おお、なんだこりゃあ。この紙の絵はすげえなあ! こっちのコインも細工が凝ってるな! 貰っちまっていいのか?」

「ええ、俺の国の通貨です。ここでは役に立たないでしょうが、せめてものお礼です」

「いやいや、こいつはすげえ。ありがとうな」

 ふと獣人の少女のことが頭をよぎる。

「最後に一つお聞きしたいのですが、リーノという少女をご存知ですか?」

「リーノ……? ああ、あの子か。水車の隣の家があるだろ? あの家の子なんだが……あるときから魔力が制御できなくなって、目の前のものを何でもかんでも燃やすようになっちまった。あの家の奥さんは酷い火傷をしてなあ。あの子に家を燃やされた奴もいる。ショックであの子も村を出て行っちまった」

「そうなんですね……」

「あの子には関わらないほうが良い。燃やされたくなかったらな。まあ、また何か困ったらいつでも来てくれや」

「ありがとうございます」

 さて、夜に始まるらしいサーカスやお祭りまでどうしたもんか。



 俺はこの国のお金を持っていない。今夜の寝床どうするか。さっきの親父さんにお願いしようにもさすがに呆れられちまうかな。などと考えながら村の外れまで来ると、サーカスのキャラバンがテントを立てているのが目に入る。

 サーカスで働かせてもらったら賃金出るだろうか? こんな怪しい奴働かせてもらえるわけないか。村の方に戻ろうと踵を返す。と、何か柔らかいものとぶつかる。

「あっ、ごめんなさい」

「すみません」

 女の子が尻餅をついていた。パンや果物が転がる。とっさに手を差し伸べる。

「その制服、もしかして西高校の……あっ、細井くん!」

 やけに親しげなその女の子は、サーカスの制服を来ているせいで気づかなかったが、加藤だった。

「加藤……? 加藤もいたのか! 今日はすまなかった」

 高校の名前を聞いて少し暗い気持ちになると同時に、今日の昼にあったことが思い出され謝罪。

「今日? 最後に会ったのって学校だよね? もう1ヶ月くらい前だよ」

「ん? 加藤がここに来たのって、1ヶ月前なのか?」

「もしかして、細井くん今日来たの?」

 どうも、果物やパンを拾いながら話を擦り合わせてみると、加藤は1ヶ月くらい前にこちらに来て、困っているところをキャラバンに拾われて働いている。その間、いくつかの町、村を巡ったが、クラスメイトとははじめて会った。ということらしい。

「他のクラスメイトも来てる可能性があるってことか」

「そうだね……」

 おそらく、同じ人物を思い浮かべたのだろう。苦い顔をする加藤。思い出してみれば、教室ごと光に包まれたのだから、そうなっていても不思議ではない。

「おーい、カナ! 食べ物買ってきたか?」

 テントの方から二人、獣人と、肌に鱗が混じってる……人? が駆け寄ってくる。

「カナ。もしかして知り合い?」

「そう! 同じ学校の細井くんだよ!」

「ホソイ。お前もカナをいじめていたのか?」

 ギッっと睨みつけられる。たじろいでしまい、とっさに反論が出てこない。

「違うよ! 細井くんは違うよ! 細井くんはね––」

 楽しそうに談笑する三人。加藤がこんなに楽しそうに喋ってるのを初めて見た。まるで別人だ。

「そうだ。カナはこの村の賢者に用があるんだったな? テントの設営は私たちで手伝っておくから、二人で行ってきなよ。積もる話もあるだろうし」

「デートか」

「ちょっと、やめてよー」

 からかう二人に顔を赤らめる加藤。まあ、俺なんかとデートなんて言われたら嫌だろうな。

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