復讐者には鑑定スキルただ一つ

すじょうゆ

第1話 突然の転移と獣人の少女

 青い。視界の端から端まで、どこまでも続く青い空。白い雲。

 腹にぞわりとした感覚を覚える。空を切る両手、両足。

 落ちている? なぜ?

 俺はここで死ぬのか。いや、死んでしまったほうが楽かもしれない––

 すぐに背中から腹へ衝撃が突き抜ける。四肢も打ち付ける。

「がはっ」

 痛ってえ……

 痛みには耐性ができていたかと思ったが、痛いものは痛いようだ。

 ごつごつした地面から、背中を引き剥がす。全身を強く打ち付けたせいでうまく力が入らない。地面を見ると、砂、砂利、砂、小石。あたりに人工物は見当たらず、ひたすら荒野が続いている。

 後方で何かが爆発するような音。振り向くと大きな岩があり、痛みが残る全身を引きずり、岩陰から覗く。

 校庭の反対側くらいの距離で、土煙が上がっている。土煙の中で動く人影があり、3階建の建物ほどの大きさ。何だあれは? 人影の動きに合わせて、ズン、ズンと地響きが続く。やばそう。逃げろと本能が警告を発している。

 と、手前をこちらに疾走してくる人影に気づく。よくよく見るとその人影は、コスプレにしては地味な動物耳が頭の上、犬猫と同じ位置に付いている。加えて、尻尾。あと、ゲームでよく見るステータス一覧のようなものが見えるのだが……


––––––名前:リーノ

種族:猫人族

レベル:2、HP:15/15、SP:30/30、STR:5、VIT:5、AGI:8、INT:10、DEX:8、LUK:3

スキル:無し

魔法適性:氷

所持金:0

状態異常:炎の呪い

……


HPは体力、SPは精神力、STRは力、VITは防御、AGIは素早さ、INTは魔力、DEXは器用さ、LUKは幸運ってとこか。他にも色々書かれてるが––

「そこの人、逃げて! 危ない!」

 可愛らしい声で叫ぶ。本能の警告は正しかったようだ。

「キャッ!」

 勢いそのままに転ぶ獣人。

 つい駆け寄ってしまう。

「大丈夫ですか⁉︎」

 獣人は華奢な片足を擦りむいて血が出ている。少し年下くらいの女の子だ。

「なんで逃げないの⁉︎ ゴーレムには勝てっこないよ!」

 ゴーレム? ゲームなんかで見るあれか?

 よく見ると獣人のHPが13に減っている。

 先ほどの半分ほどの距離まで歩いてきている巨大な影をよく見てみる。すると、こちらにもステータス一覧が見える。


––––––名前:サンドゴーレム

種族:魔物

レベル:4、HP:10/10、SP:5/5、STR:15、VIT:20、AGI:3、INT:3、DEX:3、LUK:3

スキル:殴る(威力:3、消費SP:0)

属性:土

弱点属性:火

……


 力と防御が高い! 割に攻撃の精度は低そうだ。

 もしかして、と思い自分の右手を凝視すると、やはりステータス一覧が見える。


––––––名前:細井祐介

種族:人間

レベル:1、HP:8/8、SP:7/10、STR:3、VIT:3、AGI:5、INT:5、DEX:5、LUK:2

スキル:万能鑑定(消費SP:1)

魔法適性:無し

……


「弱‼︎」

「どうしたの⁉︎ 君だけでも早く逃げて!」

 足を引きずりつつもなんとか立ち上がった獣人。

 俺でも素早さではゴーレムに勝っている。勝算はあるか……?

 こいつを助けずに逃げるという選択肢もあるが、そんなの後味悪すぎるだろ……!

「俺が気をそらしますんで、あの岩陰に隠れてください!」

「君、無茶だよ!」

 言うか早いか駆け出す。ゲームのゴーレムと同じなら、知能は高くなさそうだ。

少し離れた場所にある大きな岩の前まできた。巨大な土人形は地響きを轟かせながら獣人に迫っている。

「ゴーレム‼︎ こっちだ! 木偶の坊! お前に俺が倒せるかな⁉︎」

 足元の石ころをへなちょこフォームで投げる。

 ダメージは……入らないか。HPは変わらず10のままだ。

 こっちに振り向くゴーレム。よし! あとは攻撃を回避すれば……

 ちょっと待てよ。ダメージ計算式なんて知るわけないが、さっきの爆発音から言って、ゴーレムの攻撃を受けたらただで済まないどころか粉々になるよな……

 ……

 いや、避ければ問題ない!

 テレビの護身術で見た。相手の右パンチは左に避ければ当たりづらいと。ゴーレムと人間が同じかは知らないが……

 ゴーレムが間合いに入り、右腕を振りかぶる。

 今だ‼︎

 左へ全力ダッシュ。運動不足の両足の筋肉が悲鳴をあげている。

 ゴーレムの姿を見る余裕はない。走りなが当たらないことを祈る––

 背後から爆発音。砂が飛んでくる。

 少し走ったところでゴーレムを見ると、岩を砕いた土煙が派手に上がっており、土煙にまみれてこちらを見失ったようにあたりを見回している。

 最初の岩陰まで戻ってくる。獣人がただでさえ布地の少ない服を破り、足を手当てしていた。気づかないふりをしていたが、胸がでかい……‼︎

 足が限界を迎え、ふらふらと隣に座り込む。

「君、大丈夫? ありがとう。ゴーレムは強いけどバカだからね。一度相手を見失うともう追ってこないんだ。もう平気だよ」

「そう……なんですね。はぁ、はぁ」

 土埃にまみれた制服、ローファーが視界に入る。そういえば、俺はなんでこんなところにいるんだ……?



 惨め。それが今の、いや、これからずっとそうかもしれない、俺を形容する言葉だ。

 目の前の自分の机には萎れた花で飾られた花瓶が置いてあり、それをどうすることもできず、ただ固まる。

 出席日数が足りないからこのままだと進級できないぞ、登校しなさい。担任はそう言うが、問題児がクラスから出ると評定に響くから問題を起こすな、と目で語っていた。

 引きこもっていたかった。この失敗した人生を背負って外に出たくなかったのに。なんとか気力を振り絞って登校すればこの様だ。

 教室中の人間が俺を嗤っている。不登校のクズが来た、と。

 ホームルームのチャイムが鳴る。ガラッとドアを開け、担任が入ってくる。

「お前ら席につけー! おい、花瓶は細井一人のものじゃないぞ、教室の物なんだから元に戻しなさい」

 クスクスと嗤い声がする。

 言われるがまま、花瓶を戻しに行く途中で、つまづいて転ぶ。花瓶が割れる。

 クスクスと嗤い声がする。

 つまづいたところを見ると、つま先を出している奴がいる。武田か……

「とりあえず出席とってる間に花瓶を片付けろよ。細井」

 クスクスと嗤い声がする。



「カトちゃん、私は焼きそばパンとメロンパン」

「あと卵サンドとカツサンド」

 加藤、だったか、彼女は最下層カーストの一人だ。俺が登校しなくなって、俺のタスクが彼女に移ってしまったようだ。

 空腹を堪えて机に突っ伏していたが、トイレだけは我慢できなかった。今度は足を引っ掛けられないよう注意して教室を出る。

 用を済ませてトイレを出ると、加藤が大量のパンを抱えて走っているのとぶつかってしまった。パンが散らばる。

「ごめん」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 急いでパンを拾いだす加藤。とっさに手伝う。

 しゃがんだ背中を蹴られ、転ぶ。

「おい、何やってんだクズ」

「キャハハ、カトちゃんからパン取り上げてるんでしょ〜」

 武田と、いつも一緒にいる女子だ。

「そいつは見過ごせねえなあ!」

 さらに激しく蹴られる。背中が麻痺していく感覚。

「カトちゃん、まさか、床に落としたパンを私たちにくれるわけじゃないよね?」

「あっ、か、買い直してきます!」

 走り去る加藤。

 ひとしきり背中を蹴って満足したのか、武田と女子はそのまま立ち去った。



「細井! お前加藤からパン横取りしたんだってな⁉︎ やっと登校したと思ったらお前は問題ばかりだなあ細井!」

 帰りのホームルームで担任が怒鳴る。知っている。こういうのを公開処刑というのだ。

 クスクスと嗤い声がする。

 クスクスと嗤い声がする。

 クスクスと嗤い声がする。

 ガバと机を立ち、鞄を持つ。こんなところにいて何の意味がある。早く家に帰りたい。帰ってしまおう。

 と、教室の床が光る。光る? 蛍光灯が天井についているだけの教室が?

 ゲームで見る魔法陣と言っていい。六芒星の周りに幾重かの円と、それに沿って読めない文字が書いてあり、回転している。

 教室がざわめく。

「おい、お前ら落ち着け、取り敢えず教室から出ろ!」

 担任が怒鳴る。

 光に包まれる教室。目の前が真っ白になり、何も見えない。喧騒も遠くなり、何も聞こえなくなった。



「君、大丈夫? 顔色悪いよ」

 先ほど助けた獣耳の少女がこちらを覗き込んでいる。ぱっちりとした瞳、こじんまりとした鼻はアイドルのように整っている。

「いや、大丈夫です。ここは何なんですか? 地獄?」

 少女は大きい瞳をぱちくりし、きょとんして、にんまり答える。

「地獄? 君、面白いね。そう、ここは地獄……と言いたいところだけど、ここはミズガルズ。天国と地獄の狭間にある人の世界さ」

「ミズガルズ? 地球や日本ではなく?」

「チキュウ? ニホン?」

 ふざけているような表情ではない。耳がぴくぴくと可愛らしく動いている。好奇心に任せて聞いてしまう。

「あの、あなたの耳は本物なんですか?」

「僕の耳が本物かって? 偽物をわざわざつけるような物好きがいるとでも?」

 当たり前のことを聞いて癪に触ってしまったようだ。

「すみません。俺のいた国ではそういう人たちがいたもので……」

「それは僕たち獣人をバカにする目的でか?」

 さっきまで可愛らしかった瞳で険しく睨みつけてくる。

「そんな、可愛いから付けるんですよ。偽物を」

「可愛い……⁇」

 耳をいじる仕草も可愛らしく、それが可愛いんだよ! と言ったら引かれそうなので言わないが。

「君の国では獣人が可愛いのか? 汚らわしいの間違いではなく? 君たち人間は僕たちのことをそうやって迫害するじゃないか」

「まさか! 俺の国に来たらあなたは人気者ですよ。国で一番の人気者になれますよ。間違いない」

「ふーん、そうなのか。じゃあ君も僕のことを汚らわしいとは思っていないのか?」

「もちろんですよ。あなたが綺麗で可愛いすぎて夢でも見ている気分です」

 クサイ台詞が出てしまう。少女の頰が紅潮する。また何か逆鱗に触れてしまっただろうか……

「そうか。ありがとう……」

 怒ったわけではないようで安心する。

「そういえば自己紹介をしていなかったね。僕はリーノ。近くのホノル村から半日くらいのところに住んでいる。君は?」

「俺は細井祐介。日本という国から来た……はずだけど、あなたは日本も地球も知らないし、何が起こったのかよくわかりません」

「ホソイ・ユースケ……」

 そういえば。と、先ほどステータスを見た時から気になっていたことを聞く。

「リーノさん、あなたのステータスに『炎の呪い』とあるけど、呪われているんですか?」

「んん⁇ 君には僕のステータスが見えるのか?」

「ええ、ゴーレムのステータスも見えましたけど」

「僕は見てもいいなんて言ってないぞ? 君の国には強制的にステータスを見るスキルがあるのか?」

「いや、俺の国にもありませんよ。こっちに来たら見られるようになってて……」

 自分の右手を見て、『万能鑑定』の文言に気づく。これがあると人やモンスターのステータスを見られるのだろうか……?

「この国、少なくとも僕が知る限りで、同意なしで強制的にステータスを閲覧できるスキルは知らないから、あまり人に教えないほうがいいと思うよ。あまりいい気分じゃないし……それと、僕のは呪い……なのかな。昔からよく魔力が暴走して火事騒ぎになるんだ。だから今は洞窟に住んでて……うっ」

 伏し目で語っていたリーノが、急に目をそらす。

 不思議に思って目線の先の制服スボンを見ると、膝下が焦げて穴が開いている。

「そう、僕はこういうことがよく起こるんだ。ごめん。君のズボンが珍しかったから、つい目を離すのが遅れた。もう行くよ。村へはあっちへ歩けばすぐに着く」

「えっ、ちょっと待––」

 急に起き上がり、駆け出すリーノ。びっこを引いていて痛々しい。

 せっかく見知らぬ地で知り合いができたと思ったのに、どこかへ行ってしまった……

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