幼馴染と湯さ。

 家に帰って晩御飯を済ませたところでスマホが鳴った。


【一夏】


 画面にその名前が表示されていることを確認し、電話を受ける。


「もしもし」

『あっ夏葵?湯さあべ!!(訳:あっ夏葵?温泉にいこっ!!)』


 電話に出て早々一夏は、めちゃくちゃノリノリで温泉に行こうと誘って来た。昔からこいつとはよく温泉に行ったものだ。けど、それなりに互い(異性)を意識する歳になってからはどちらともなく誘うことをやめていた。

 だから、このタイミングであいつが温泉に誘うってことはそれなりの理由があるはずなんだ。あいつは馬鹿だけどしっかりしているところはしっかりしている。


「あぁ、いいぞー。準備したら行くわ」


 そう応えながら温泉に行く準備を進める。


『わがった!ちょっと、なぁに話してぇことあってさ。だば、さぎさ行って待ってるはんで!(訳:わかった!ちょっと、夏葵に話したいことあってさ。じゃ、先に行って待ってるから!』


 準備を終えた時には興奮気味な声は消えていて、スマホはホーム画面だけを映していた。

 なんなんだあいつは…… たぶん学校で会長がやると言っていた〝瓶回し〟について何か言いたいことがあるのだろう。

 訝りつつも俺は靴を履き、いつもみたいに玄関の戸を閉めた。


 ―――

 俺たちの住む薬沢やくさわ村を出てから数分で目的地に着いた。『ゆっこ』という名前が書かれた看板の前で、後ろで手を組みながらご機嫌そうな一夏が立っているのを視認する。


「すまん。待たせた」

「なもなも〜。へば入るべし(訳:全然〜。じゃ入ろっか」


 錆が目立つ年季の入ったドアを開け、一夏が俺の前を歩く。いつもこいつは俺の前を歩いていく。俺が後ろにいることなんて気にもとめずに。真っ直ぐに。


 服をパパっと脱ぎ、脱衣場から出ると直ぐに「いっちばーん!」とあの頃のように騒ぐ一夏の声が隣の女湯から聞こえてきた。ホールなどは改装をしたようだが洗い場は昔のまんまで、低い壁のせいもあって隣の声は丸聞こえだ。


「ばーか。丸聞こえだぞお前」

「え? 夏葵!? んだった…… そっちさ声届くんだったぁ(訳:え? 夏葵!? そうだった…… そっちに声届くんだったぁ)」


 一夏もここに来るのは久しぶりなのか、一番風呂にテンションマックスなだけなのか分からないがまだゴニョゴニョ何か言ってる。向こう側であいつがリンゴみたいに顔中真っ赤にしてんのかなって思うと自然と笑みがこぼれてしまう。

 確かに周りを見ても人っ子一人いない。貸し切り状態。昔はあんなに混んでたのに……

 まぁそんなことは今気にするな俺!せっかくだから満喫しようじゃないか!


 まずは体を洗おうと風呂椅子に座り、シャワーを手に取ってからあることに気づいた。


「シャンプー類がない……だと……?」

「あぁー。たげ前からねぐなったや?貸すがぁー?(訳:あぁー。結構前からなくなったよ?貸そうかぁー?」

「えっ?あぁー。頼むわ」


 時の流れをしみじみと感じつつ、一夏が洗い終わるのを待つ。


「待だへだ〜。へばいぐよー?(訳:待たせた〜。じゃあいくよー?)」

「おう」


 ポーンと上からシャンプー類がひとつずつ降ってきた。このやりとりも田舎ならではだよなぁ…… なんてまた変に感慨に耽ってしまう。


 あっ、そういえばあいつにいつもの言っとかねーとな。


「一夏〜。風呂ん中で泳ぐんじゃねぇぞー?」

「はぁぁぁぁぁ!? 馬鹿でね!? そっだこどするわげねぇばん!! もうなのこど知らねぇはんで! (訳:はぁぁぁぁぁ!? 馬鹿じゃないの!? そんなことするわけないじゃん!! もう夏葵のこと知らないから!)」


 くつろぐどころか、『一夏的!夏葵のここがまね(訳:夏葵のここがダメ)!10選 』を聞くはめになり、余計に疲れるだけになったのは言うまでもない。


 ―――

 長湯するのが嫌いな俺はそこまで経たずに風呂から上がりホールでコーヒー牛乳をぐびぐびやってる。


「ぷはぁ〜。やっぱり風呂上がりはこれだよなぁ!」

「なに年寄りくせこと言っちゃーんず?(なに年寄り臭いこと言ってるの?)」


 振り向くと案の定、つーんと冷めた目で俺を見ている幼馴染がそこにいた。


「いや別に。いいじゃん昔っから好きなんだから。風呂上がりのコーヒー牛乳…… っと、ほれお前の分」

「あっと。あっ…… ありがと」


 なんだかんだ礼は言うちゃんとしたやつなんだよなぁ。


「飲んだら…… 帰るか?」

「あっと……その待ってけ(訳:あっと……そのまってちょうだい」


 一夏にしては歯切れが悪く次へと言葉が続かない。それでも前にいる幼馴染の、その目だけは俺を離すまいと燃えていた。


「んと……へばそごのベンチさ座るべし。長くなるがも知んねぇはんでさ(訳:んと……じゃあそこのベンチに座ろう。長くなるかもしれないから」


 ふぅーと、息を吐いて一夏は重い足取りで少し先にあるベンチに向かう。 やっぱり今日はなんかあるのかと思いながら俺もその小さな背中を追った。


「で、話ってなんだ?」


 ベンチに座っても一向に話す気配がないため俺が促す。


「ふぅー。んだね。よし!」

「おおぅ!?」


 バァンといきなり自分の頬を一夏が叩いたものだから変な声が出てしまった。


「夏葵!」

「はい!」

「わぁ、オーディション受ける!!(訳:私、オーディション受ける!!)」

「……ん?」



















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瓶回しから始まる俺と黒髪ロングたちのラブコメ 美海未海 @miumi_miumi

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