その歌声を夏と呼ぶにはまだ早い。

 "瓶回し"という聞き慣れないものについて会長は説明を始める。


「瓶回しというのは欧米で行われているものでな。数人から数十人の10代の男女が集まり円になって座る。次に一人の鬼を決め、円の中心でボトルを回す。 そしてボトルの口が向いた人に鬼がキスをするというものだ」


 一拍置いて会長は再び話し出す。


「それでだ。この瓶回しを夏村の罰ゲームにする」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「静かにしろ。話はまだ終わっていない」


 一瞥されて何も言い返せず俺は黙る。


「ただキスするだけじゃつまらないからな。夏村には目隠しをして瓶を回してもらう。その瓶の先が向いた女子がお前の頬にキスをする。夏村にはそのお前にキスをした相手を当ててもらうことにする。答え合わせは三学期始業式の後ここで行う。ちなみに誰がキスしたかを女子は見るわけだが、夏村に教えてもダメだし他人に口外するのもなし、それらしい動きを見せたらアウトだ」

「はい分かりました……って言えるわけないでしょ! なぁ一夏?」


 納得できないのは俺だけじゃないはず! そうだろ幼馴染!


「えっ? あっ……わぁだば……そんのぉ……別にやっでもいいっばって(訳:え?あっ……私なら……その……別にやってもいいけど)」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?いやいやいやバカかお前?なんでだよ。理由はなんだ?」


 そう言って一夏の肩に触れた途端、一夏はビクンと肩というか身体全体を揺らして顔中真っ赤にした。


「おっ教えねぇはんで!まんず夏葵だばまねっきゃな!どせ明日でねば出来ねんだべ?だば先に帰るはんで!(訳:おっ教えないから!ほんと夏葵はダメだよね!どうせ明日じゃないと出来ないんでしょ?なら先に帰るから!)」


 早口で捲し立てたと思ったら、逃げるかのようにバタバタと靴を鳴らし一夏は生徒会室から去っていった。


「鈍感も行き過ぎれば罪だな」

「はい……?」


 やれやれと両手を開き会長が何か言っていたが、今までの流れが処理できなくて全然耳に入ってこなかった。


「まぁ……明日行うから忘れずここに来い。いいな?」

「いや……」

「ちなみにお前に拒否権はないぞ」


 会長は扉の前で立ち止まったかと思ったら、前を向きながら後ろの俺に少しだけ見えるように、ケースに入った一枚のディスクを見せる。それは……


「えっ……は?」

「それではな」


 ヒラヒラと手を振りながら会長は扉を閉めて消えていった。

 生徒会室に残ったのは俺と空のギャルゲーのパッケージだけ。



 10分くらいしてからやっと頭が冷えた。もう一度パッケージの中を見る。やっぱりそこにあるはずのディスクが入っていない!別にディスクがなくてもインストールさえしていればプレイ可能だ。だけど、初回限定盤仕様なんだよそのディスク……人気すぎてもう手に入らないし、オークションとかでも数十万はするから手を出そうにもなかなか出せない。


「はぁ……参加するしかないのか」


 そうため息を零しつつ窓を開け、赤みがかった空の黒を眺めていると声が聞こえてきた。今にも消えそうで切ない歌声が。


「━━あなたの光はなんですか?」


 ごちゃごちゃした頭の中も心も落ち着くような綺麗な問い掛けだった。気づけば俺は走っていた。その声がする方へと足が止まらない。

 どこだ! どこだ!


「はぁはぁ……はぁ……ここ……か?」


 全力疾走したせいと、普段の運動不足もたったって呼吸を整えるのに時間がかかる。ふぅはぁふぅと深呼吸を繰り返しつつどこに辿り着いたのかを確認すると札には『2-2』と書かれていた。


「俺たちの……クラス?」


 確かに俺たちのクラスだった。その中から弱々しい歌声はまだ聴こえてくる。扉の小窓から少しだけ顔を出して中を見るとそこには━━


「……!? 冬……宮?」


 紛うことなき冬宮雪華がそこにいた。窓を全開にし腕を乗せて、どうぞ私の歌声を聞いてくださいと言わんばかりに美声を響かせていた。まぁ実際に綺麗だった。だけど愛くるしいとかそんなんじゃなくて、儚く散ってしまいそうな哀愁漂う雰囲気を纏っていたから。俺はそこから動けずにいた。動きたくないと思った。


「僕の光は━━」


 2番のサビ。さっきの言葉の答えとも言えるその一節を聴き逃したくないと思ったあまり、つい足が前に出てしまった。


 ドンッ!


「……!? 誰……?」


 冬宮が振り向いたと同時に条件反射の如く身を隠してしまった。トタトタとこちらに向かう足音がする。


 ガラガラガラ。


「すまん……俺だ」

「……そう……やっぱりあなただったのね」


 俺は逃げなかった。直ぐに走って階段を下りることも、どこかの教室に入って隠れることもしなかった。


「……は?」

「いえ。なんでもないわ。ストーカーさん」

「ストーカーじゃねぇよ!ちょっと声がしたから覗いてみただけだ。そしたらお前がいた。それだけだ!」

「そう。まぁいいわ。それより中に入りなさい」


 冬宮に先導されるように教室の中に入る。彼女は窓を閉めてから俺の方を向いた。


「あなたはこの曲……好き?」


 雪が降った。いや実際には降っていない。今は冬ですらなく夏と言うにもまだ早い。なのに、そう幻視してしまうほどの冷たさがあった。


 この問いへの答えなど一つしかない。


「あぁ。大好きだ」

「そう。私は大嫌い」


 頷き俺を見る彼女の瞳は、黒いはずなのになぜか白く見えた。


「私に光はないのよ。私は黒だから」

「は……?お前のイメージカラーって黒なの?白だと思ってたわ」

「え?」

「ん?どした?」


 いつもより数段大きく目を見開いて物珍しそうに俺を観察している。


「別に……なんでもないの。イメージカラーとかで白って言われることがなかったから。ただ、それだけ」

「そっそうか。わかったから落ち着け」


 何を焦っているのか俺の方へ歩み寄ってくる彼女を静止させる。


「楽しみね……また明日」

「おっおう?また明日」


 会話という会話をろくにせず彼女は微笑み帰って行った。


 帰ったはずなのになぜこんな所に?という疑問は胸の中にあったが、いろいろと圧倒されてしまい聞けなかった。


 彼女が何に期待しているのかはわからないけど明日が来なければいいなと、雲行きがあやしい空に願って俺も教室を後にした。


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