俺たちの紫陽花
「馬鹿馬鹿しいわね……」
その言葉と同時にトンと衝撃が走った。別に身体的に痛くはないのだが、心のどこかに響く音だった。
「ちょ……おま……」と、少し悪態のひとつでもついてやろうかと思い言葉にしようとした瞬間━━
彼女が振り向いたと同時に辺りは静寂に包まれた。いや、そんなふうに感じた。
腰まで伸びたしっかりと手入れがされているであろう長い漆黒の髪で、ややつり目の女子。その透き通った、何もかもを見通してる様な黒い瞳を見つめていると何かよく分からないが、見惚れてしまうと言ったらいいだろうか……とにかく惹き込まれるんだ。
一見、彼女のイメージは黒だと思うかもしれないが、俺は違うと思う。彼女を色で表すなら……そう、何者にも染まらぬ『白』だと思うんだ。そう思うのには理由がある。彼女が頭部の右側に付けている純白の雪の結晶があしらわれた髪飾りと、左側に付けている白い紫陽花の髪飾りが、彼女の漆黒の髪の上からでも鮮明に映えているのだ。肌も雪のようと言っては言いすぎかもしれないが、白くて艶がある。
そして何よりも、彼女の名前が一番の理由だ。彼女の名前は
「まるで雪の華のようだ」と。
だから、彼女は皆から『白き紫陽花』と呼ばれている。以上が彼女のイメージは白であるという理由である。こいつを見ていると思い出さずにはいられない。どこかで見覚えがあるんだと、そう思ってしまう。そう──
「なに? あら……いたのね。見えなかったわ。会長の傍にいつもいる懐き虫さん」
自分の世界に浸っていたら、いつもの彼女の毒舌が飛んできた。彼女は俺にだけなぜか厳しいんだ。こうやって、名前を弄ったりして楽しんでくる。だから俺もこいつには容赦しないし負けない。
「俺の名前は夏葵だ!何回言えばいいんだ!そのあだ名で呼ぶのやめろって言ってんだろ冬宮!」
「いやよ」
負けました。
俺を早々と打ちのめして会長の前に立った冬宮が口を開く。
「会長。何をするつもりかわかりませんが、今日これから予定が入っているので、私はこれで失礼します」
「そうか……じゃあ仕方ないな。うん。またな冬宮」
「はい。また明日」
二人だけの世界で話は始まり、終わった。
「えっと……俺たちも帰りますかね? じゃ…… 」
「待て」
「うへっ?」
会長を横切ろうとしたら、肩をそっと掴まれた。痛くはなくて、敵意とかそんなんじゃなくて、行かないでくれと言ってるみたいで、力が入っていなかった。
「おまえらにだけでも先に、『瓶回し』の説明をしてもいいか? 冬宮には後で私から伝えておく」
有無を言わせぬほどの何かで俺たちは見据えられ、ただ頭を縦に振ることしかできなかった。
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