第11話 青い数珠

『日差しがこころよい。空は、雲が見えない青空になった。

 数日後、昭男さんは、南小倉駅の横にある公園のベンチにいた。サクラがつぼみをいっぱいつけている。さわさわと電車が風にこすれて走る音が聞こえた。U字型の肘(ひじ)置きがついた木製のベンチに腰を下ろして、公園の横を通り過ぎる長い電車を見ていた。


 今朝は今までになく強い頭痛と吐き気を覚えた。

『熱があるんじゃないか?』

 だれかが額に触った手をふりはらった。

 気取られないように出てきた。

「芳子さんと会うから」義兄が来ていることはわかっていた。

 芳子さんに会うと言えば、ともども、昭男さんの思うようにさせてくれそうなことも知っていた。紫色の石が連なる女物の数珠を持って出た。


 途中、通りで漬物屋のおばさんと会った。

『昭男さん 今日はどこへいくの?』聞いてきた。

『ちょっとそこまで、芳子さんに会いに行くんです』

『まあ……そう』

 わらって口をつぐんだおばさんは、普段着のズボンと板草履姿を見た。ズボンには汚れたしみが、草履の先端はすりきれて地面と接している。

『あのひと(芳子さん)がいるときは コギレイにさせていたのにねえ』おばさんはつぶやいた。

 

 昔、市場がにぎわっていた頃、昭男さんは脱サラして起業した。

芳子さんの両親から商売の手ほどきを受けて、商店街の漬物屋さんの前で十年近く惣菜業をやった。配達車両を揃え、人も雇って近郊の工場や会社に販路を延ばすと、短期に業績が数倍になった。工場団地に販売店舗を作ることも考えた。

 しかし数年の間に、景気の変動や食材マーケットの変遷などに加えて、複数の

競争相手が発生、原価高の自家製造品の採算が取れなくなり惣菜業が立ち行かなくなった。十年目に思い切って廃業して元の業界の会社勤めに復帰することができた。

 その勤め先を、定年退職するまで、それから十五年間がんばったのだ。


『あのおじいちゃんの奥さん、亡くなったの?』

 客がおばさんに聞いた。

『うん』

 おばさんはうなづいて南小倉駅の方へ遠ざかる彼の後ろ姿を見ていた。


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