第6話 冥 途
信心深い芳子さんが、病床で彼に教えてくれた。
──昭男さん、冥土とは黄泉の国のことよ、魂の行き先がまだ定まらずに暗闇を
迷い歩く世界をいうの。 死んだ人は、次にどの世界に生まれ変わるのか、
七日ごとに審判をうける。閻魔さまの審判があると、冥土の旅を終えて生まれ変わることができる。追善供養というのは、生まれ変わる世界が善いところでありますようにと願う法要のこと。
死者の魂は体から抜け出して、死んだ自分や家族の嘆く姿をながめた後、
どこともなくさまよう。そのうちに、頭上から光がさして来てそこへ吸い込まれる。
やがて、目の前が開けると一面、色とりどりのお花畑が広がっている。
ここで道草やひと休み、花摘みなどをしていると、ご先祖さまの姿が見えかくれして手招きで導きがある。お花畑を歩いて行くと花が少なくなり、薄暗く肌寒い、
だんだん険しい山の中へ入って行く。
前の人が歩いた石ころの道を進みながら、死出の山にたどりつく。
長い山波を、手甲脚絆姿のひとりぼっちで歩き続ける。岩の角で草履がやぶれて血がながれ出る──吹き付ける風は冷たいみぞれになって肌が裂ける。
七日目に、石ころばかりが広がる山裾にたどり着く──見渡すとそれからは、関所が次々と出てくる。
三周年経つと裁決が出る。阿弥陀如来さまから亡者の善悪に関わらず、安住の地が言い渡される。罪が重くて先送りできない亡者には,鬼の住む地獄がその地として
判決が下される。けれども……冥官(みょうかん)にも人情があって、七日七日、
百箇日、一周年、三周年の法要が、あとに残された一族で勤められ、追善願いの声が
大きく聞こえれば、罪状を減じて安住の地をみつけられる──というものだった。
『芳子さんの両親はどこでしょうか?』
昭男さんはまた言いはじめた。人の顔が浮いて見えてくる。
輪郭が逆光線をあびた白い線になり、猫は動かない陶器のようになる。
『芳子さんはどこでしょうか?』
『うしろの写真にいるよ』皆から言われる。
『どこ、どこ辺に……探してくる』をくり返す。
義兄も四年前、伴侶を亡くした男やもめだから涙を見せる。
愛妻を亡くした苦しみから逃げられない。
『ボケルのはいいことなんだ。オレは死んだことが忘れられないからたまらなく
悲しくなる。昭男さんには死んでないと思って、まだ、一生懸命探すひとがいる。
吉村家の長女と結婚した塩月さんも、太りすぎから来る認知症の講義を吉村さんから受ける。義父は税理事務所の所長さんだが細かなことは部下の所員たちがやってくれるので、ひまに任せて専門外の書籍を何冊も読んでいる。
〘認知症〙
認知症は高齢になるほど高く、八十歳を過ぎると増える。高血圧、糖尿病、高脂血症、不整脈、肥満などは 脳血管性障害による認知症の因子になるだけでなく、
アルツハイマー病の危険因子になる。高脂肪の食生活や運動不足も生活習慣病の原因となる。喫煙や高血圧も動脈硬化の原因となるため認知症の危険因子と考えられる。アルコールの飲み過ぎは脳血管障害の原因になる。大量に飲むと、大脳や小脳が萎縮して認知症になることがある──と本に書いてある。
吉村さんの長女が言う。母方の義母、サキおばさんの例もあるし……どうかな。
三本足の猫が仏壇の前に来て寝ころがった。
まん丸な目をして耳を立てて宙を見ている。
芳子さんが近くにきているのかなと昭男さんは思った。
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