第3話  芳子さんの家

 商店街をまっすぐ抜けて、離れたところにある住宅地の方に歩いた。

古い家が取り壊されて空き地になったスペースが右側に見える。

マンションをまた立てる予定かな、この場所に高層の建物が立つのかなと考える。


 左に曲がる路地が三箇所に見えた。路地を曲がってもっと奥へ行くんだった

かな……それとも、次の路地からだったかな。

 後から来た女の人がひとり、だまって彼を追い越した。 その人は一番目の

曲がり角のところで、こっちを向いて立っていた。

 耳あて帽の白衣に黒ズボン⦅ストレートパンツ⦆をはいている。

先は、公園に通じるのぼり坂で、左右両側と三方に道がある。


『松原さんのお家はこの奥ですか?』訊くと、

女の人は右手で彼の左側を指した。ひとさし指と中指の先が曲がっている……

指二本が変形しているのだ。

 

 見慣れた感じの土塀をぐるりとまわって、大きな玄関が見える松原家の前に出た。

玄関扉に吊るされた板の表札。赤いポストに名前が記入されて、巻いた新聞が

ささっている。

 花がまばらに咲いた鉢も並んでいる。

さて……覚えがある気がするが、変わっているようにも見える。

  内側で、ソージ機をかける音がした。

 

もう,そろそろ11時だ……芳子さんの家族は今頃、清掃に念を入れているのだろう。

昭男さんはためらわずに、ベルを押した。


 聞こえなかったかのようにソージ機の音が止まらない。

また、押した──今度は続けてしっかりと、長めに押した。


 ソージ機のうなる音がやんだ。芳子さんが出てきてくれるはずだ──扉をあけようとする気配がする。

 

 この前、芳子さんを送って、家の前まで来た時は、玄関先に色とりどりの花が咲いた鉢が二十個くらいあった。よく手入れされていて、赤、黄、白、紫、黒、茶色など、その混合が見事だった。

芳子さんの母親は花が好きで、よく手入れするということだった。 今日はなぜか、鉢が四個しか見えない。

それも、ほったらかしのものをまた並べてみたと言う感じだ。


  右手に畑が垣間見えた──背の高い植物が並んで日差しを遮っている。

彼にはわからない葉のかたちをしていた。

昭男さんは歩いて来た方角を振り返ってみた。白衣の女の人の姿はなかった。

例の不審な年寄り男がこっちの方へ歩いて来るのが見えた。

 

 扉が開いて女のひとが出てきた。知らない顔だ?

芳子さんに似たところもあるが……芳子さんではない。

 妹さんがいるということは聞いていなかった。


〚 あのーこちらは、松原芳子さんのお家でしょうか?〛

 女は目を見開いていた。

『そうですけど……』と昭男さんを眺めた。口が開いたままになっている。


『ボク、小宮昭男です。今日は芳子さんのご両親に婚約を許していただくために

お邪魔しました』

 覚えていたせりふを声に出して一気にしゃべった。


 女は…笑うような泣いているような表情をした。

それから大きな声で、

『お父さんが大変よ、また発作が出た─っ』と、奥に向かって叫んだ。

 

 昭男さんはなぜ、ここにいるのかわからない。口を半分開けた女の人の顔を見ながら….わからなくなった。

記憶が途切れて重なり合い、気分が悪くなって玄関にうつぶした。

差し出した菓子折りに手を添えようとして、もうひとつの手が外れた。

危うく包みを落としそうになり、よろけて手をついた。


『じいっ、また、ボケたの?』

 奥から、おかっぱ頭の女の子が出てき言った…!──誰かが 腕を抱えあげた。

後をつけてきていた, あの年寄りの男だった。

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