第137.5話 下の名は。

 まどろみさんが亮くんとお付き合いを始めました。羨ましいな。今まで私は北高祭でライブをすることに集中していましたが、そうです、私は野球部男子とお付き合いをするためにこの高校に来たんです。


「今日の放課後は野球部を見に行きませんか?」


 お昼休み、お弁当を食べながら私は美咲さんに聞きました。


「あ、前に言ってた野球部見物だね。やっぱりあたしも行くのかあ。まどろみさん、同好会遅れて行っても良い?」

「今日は香風このかは来ない日だな…と言うことは私は亮と2人っきり…うん、良いぞ、ゆっくり見物してきてくれ」


 まどろみさんはとっても楽しそうです。やっぱり羨ましいな。



 放課後、私は美咲さんとグラウンドに降りていく階段に座って野球部の練習を眺めました。


 北山高校は標高が200mくらいの所にあるから見晴らしが良く、ふもとの街や大阪湾、瀬戸内の海が見えます。

 冬、日暮れるのが早くなったら、遠くに夜景を見ながら彼氏と帰る、なんて考えただけでも楽しそうです。


「美咲さんは恋しないんですか?」

「んー、あたし?あたしはまだ良いかなあ」


 美咲さんは少し世の中を覚めた目で見ているような時が有ります。変わらずにずっと有り続けるものなんて無いという世界観とでも言うのでしょうか。変わり行く街の姿を写真に記録し続けているのもそのためかも知れません。


「あの子、言ったら悪いけど下手だねえ。同じクラスの…ええっと名前何だったっけ」


 美咲さんは練習している野球部員の姿を見て言いました。よく見ています。その通りです。


「岡本くんですね。仕方ないですよ、高校入ってから野球始めたんですから」

「そうなんだ。って、なんでそんなこと知ってんの?」

「ある日突然坊主頭になったから、高校から野球部に入ったに違いないと推理しました。岡本くんは亮くんと仲良しなので、そのことを亮くんに確認したところ、私の推理は正解でした!」

「そうなんだ。ずっと野球やってきた人が多いだろうから、初心者は大変そうだね」

「だと思います。でも、一番頑張ってるように見えます。一生懸命は格好かっこ良いな」


 それに今から始めると言うことは未知なる伸びしろが有ります。楽しみです。


「お嬢、もしかして岡本くんのこと気になってるの?」

「野球部なんだと知ってから、ちょっと気になったり…ならなかったり」

「そうなんだ、へ~、いつの間にって感じだよ」

「えへへ」


 1年生の部員が何人か階段を駆け上って来ます。その中に岡本くんも居ます。私は思い切って声を掛けました。ずっと気になっていた事、それをはっきりさせたくて。


「ねえ岡本くん、教えて」


「え?オレ?なに?」


 びっくりした顔をしています。


「下の名は?」


 私の横を駆け抜け、岡本くんは振り向いて


「太郎」


と言ってそのまま駆け上がって行きました。


 太郎、ああ、なんて懐かしい響きなの。何故なんだろう、聞き覚えのあるその名前。前世で私たちは巡り会ってもいたのかも…


「あのね、お嬢。そりゃ聞き覚え有るでしょ。岡本太郎って太陽の塔とかで有名な芸術家の人と同姓同名だよ」


 あ、道理で。そう言えばそうでした。


「さあ、美咲さん。同好会に行きましょう」

「うん!それにしてもお嬢、積極的だね。初めて喋ったんでしょ?」

「高校生活は残り34ヶ月。時間を無駄にしたくは無いです!」


 真知子先生が「この3年間を無駄にするな」と言ったのが、私の心に響いています。まずはお友達、そこから始めてみましょう。

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