第137話 甘い恋人

「亮、私は…」


 困惑した表情のまどろみさん。急に冗談でも恋愛禁止って言われたら戸惑うよね。


「アイドルになりたくない。寝る時間が無くなる」


 えええ?そっち?ホントにアイドルになる訳じゃ無いんだからそこは考えなくて良いんだよ。


「俺もみこが学園のアイドルになるのは嫌だ。みこは俺だけのアイドルだ」


 亮も話に乗っかった。


「みこって言うな…俺だけのアイドルって…」


 顔を赤くするまどろみさん。これはいつもの即興三文芝居だ。うまく話を逸らすまどろみさん、それにしっかりと乗っかる亮は優しいな。


「と、言うわけで私は学園のアイドルにはならない」

「ふーん、いいわよ。じゃあ亮だけのアイドルになるのね?」

「う、うん…」

「それはつまり?」

「…」

「まどろみさんは亮と…?」


 ぐいぐいとまどろみさんを追い込む香風このか。真っ赤な顔をして固まるまどろみさん。


「さあ、ドリンクバー、おかわりしに行くわよっ」


 香風に促され、あたしと宮子、お嬢はぞろぞろと部屋を出た。


「覗きたいけど、流石さすがにここでは無理だね~」

「絶対バレるわよ」

「私は学園のアイドル候補が1人減ったから大満足です」

「お嬢はアイドルになりたいのね?」

「私、注目される快感に目覚めました」


 ピアノの発表会とは違って、皆の声援を浴びながら演奏するのは楽しかったんだろうなあ。

 あたしたちはドリンクバー近くでしばらく喋ることにした。昨日のライブの話、香風にはメッセージアプリで聞いてもらったけど、もっともっといっぱい聞いて欲しい。


 これでまどろみさんたちは暫く2人きり。どうなるかな。


「亮、あれを歌ってくれないか」

「ライブの時の?」

「いや、そうじゃなくて甘いやつ」

「あ、カジヒデキの甘い恋人だね」


 亮はリモコンを操作して「甘い恋人」を入れる。


 私は亮の横に座って肩を寄せる。


「(著作権)♪」


 前歌ってくれた時も、私もこんな甘い恋人になれたらなあと思った。亮はこんな甘い恋人が良いのかなと思った。


「私はこういう性格だから、この歌みたいな甘い恋人には成れない。一緒にどこかに出掛けても、寝てしまうかも知れない。そのせいで亮が楽しくないかも知れない。それで嫌われてしまうのが怖い」


「今のままで大丈夫だよ。変わらなくても良い。今のみこを見てて好きになったんだから」

「みこって言うな…でもずっとこのままじゃ駄目なんだ。私は変わらないといけない。変わりたい。その姿を見ててくれるか?」

「うん、もちろん!見てるだけじゃなくて協力するよ」

「うん…ありがとう。私を嫌いにならないでね…」


 私は亮の腕をそっと引っ張って顔を覗き込んだ。


「ねえ、亮…じゃあもう一度言ってよ」


 私はこんな女子っぽい喋り方をしたことが無い。自然とこんな語尾になって自分でも驚いた。


「うん!じゃあ言うよ」


 亮は私の目をじっと見つめる。私も見つめ返す。ドキドキする。


「みこ、大好きだ。俺と付き合ってください!」

「みこって言うな…でも、うん、ありがとう。オッケーです」


 扉のほうで、ガタッと音がした。また誰かが覗いているのかも知れない。でも構わない。私は亮の顔を覗き込んだまま目を閉じた。亮の顔が近づいてくるのがわかった。



「あれ、先生!来てくれたんですか!」


 あたしたちがドリンクバーから戻ってくると、真知子先生が部屋を覗いていた。


「しーっ、今良いとこだ」


 そう言うと先生は再び部屋を覗いた。


「ちっ、肝心のところを見逃したじゃないか」


 え?肝心のとこ?2人はどうなってるの?


「入るぞー」


 あたしたちが入ると、まどろみさんは亮の真横に座って真っ赤な顔をしていた。


「あ、あのね…私たち付き合うことになったの」


「ほんとに?良かった~!」


 やっとこの日が来たんだ。皆拍手をして祝福した。


「あ、ありがとう。でもね、これからも今まで通り接して欲しいの。私と亮が2人きりの時でも、遠慮とかせずに話し掛けたりしてきてね。初めて出来た友達も私にとってはとっても大切だから」


 まどろみさんの喋り方が女子になってる。すごくかわいい。


「亮をほったらかして、美咲たちと居ることが有るかも知れない。でも今まで友達が居なかった私にはそれも大事なことで…」

「大丈夫、わかってるよ、みこ」


「みこって言うな!」


 え?付き合ってもそれはダメなの?なんで??

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