第97話 先生のご託宣

「私もそっちに座らせて貰おう」


 そう言うと先生はあたしの隣に座り、ポテトを1本まんで目の前に置いた。


「これが基準の長さになるわけだな。まずまずの長さだ、今のところ2番だな」


 キョロキョロと皆のポテトの長さを見て満足そうに頷いた。


「さて、さっきから様子を見ていたんだが…ひとこと言わせてもらおう」

「はい」


 あたしたちは居住まいを正した。


「公平を期すためにポテトにキッチンペーパーをかぶせたところまでは良かった。少しとはいえ保温効果も有るからな。しかしポテトを摘まむ順番が決まってないし、摘まむ回数がプレイヤーごとに違って公平な勝負とは言えないぞ。今から時計回りで各自1本摘まんだら次のプレイヤーに順番がうつるというルールにしよう。それと、もっとペースを上げないと冷めるぞ」


 先生、そっちの話ね。先生はいつも場を落ち着かせてくれる。おかげでお嬢が冷静になった。


「まどろみさん、ごめんなさい。言い過ぎました」

「いや、良いんだ。ほんの2ヶ月前まで友達が居なかった私に、怒ってくれる友達が出来たんだ。怒られたけど、嬉しくもあるんだ」


「まどろみさんの周りの環境は急に変わったから、戸惑うよね」

「色々なことが変わった。今まで知識として知っていたことが、現実になったこともある…知識と現実のギャップがあって色々と考えてしまう…だから、今付き合うことでさらに環境が変わった未来がどんなことになるのか分からなくて怖い…」


 先生が来てからポテトを摘まむペースが上がり、順調に減っていく。先生は子供っぽくポテトの長さに一喜一憂しながらも、黙ってあたしたちの話を聞いてくれている。


「亮がこくろうとしたら話そらしてるんだよね…そのせいで亮との間に溝が出来たらどうすんの?」


 確かに香風の言うとおりだ。付き合う気が無いと思われたら、今の2人の距離感は変わってしまうだろう。


「先生が言ってたよね、今の自分の行動が未来の自分を決めるって」


 先生はポテトをかじりながらうなずいている。


「1年後のまどろみさんは亮とどうなって居たいのよ?」

「今のままが良い」

「でもこのまま溝ができたら今のままでいられないわよ。だから今のままって未来は無いわね。ずっと話をそらし続けるなんてことも出来ないよ。1年後の自分を考えなきゃ」

「…うん」

「そこから先はわたしが決めることじゃないから言わない。まどろみさん自身が考えないと」


 香風は千歳のことがあったから、まどろみさんの恋の後押しはしないだろう。


「亮って背も高いしイケメンだけど、ちょっと鈍いからね~、話そらし続けたら気がないと思われるって、うちも思うよ~」

「鈍く無くてもまどろみさんがお付き合いを躊躇ためらってる本当の理由は読み取れないと思います…」

「うん…」


「ではそろそろ有り難いご託宣たくせんを授けるとしよう、まずは…」


 あたしたちは再び居住まいを正した。


「拝みなさい」

「…先生、拝んでも良いですけど、周りから見たら5人の女子高生が公共の場で先生を拝んでるという図式ですよ。SNSにその写真をアップされて学校に見つかったら問題になるんじゃないですか?」

「む、それもそうだな。わかった今度部室で拝んでくれ、ではご託宣を…」


 今度こそご託宣だ。


「なに、とても簡単なことだ。難しく考え過ぎなんだよ。微睡びすい、お前の考えを日之池に言え。あいつは確かに残念なくらい鈍い。しかし馬鹿じゃない。ちゃんと話しをしたら理解してくれる。そう思わないか?」

「…はい」

「お前は日之池の何に惚れた?優しさだけか?」

「…私のことを凄く理解してくれるところ…受け入れてくれるところ…」

「だったらちゃんと話せ、恋愛で一番バカバカしいのは誤解だ、今のままだと誤解が生まれてお前の望む未来は来ない」

「…はい、分かりました…」


 とても簡単なことだけど、まどろみさんにはそれが難しいんだよね。でも先生のご託宣はきっと正しい。まどろみさんもそれが分かったみたいだ。


「まったく、誤解さえ無ければ私も今ごろは結婚して…」


 先生がぶつぶつ言い始めた。元カレと決定的な何かが有ったんだろうなあ。


 ポテト勝負は宮子が勝った。なんと長さ18cm。一体どんな大きさのジャガイモ使ってるの?!

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