第28話 微睡の歌声

「ありがとうございました」


 微睡は譜面を持って職員室を出た。


 この曲はよく知らない。でも配信されているから、寝ている間に1回聴けば完コピ(完全コピー)で歌うことはできる。

 でもそれでいいんだろうか。以前の私だったら躊躇ちゅうちょ無くそうして、練習などせずに寝ることを優先してた。でも今はそれよりも皆と練習したい。

 それに美咲の前でそんなことをしたら、彼女はますます歌うことを避けるだろう。

 発声練習作戦を立てたが、今回は練習期間が短いからその時間は取れない。宮子の願いを叶えて美咲が歌えるようになって欲しい。

 次回は…いや、生徒会の確認が終わったら、みんなそれぞれのやりたいことをやって次回なんて無いのかも知れない。

 バラバラになるのは嫌だな。私はどれだけ眠たくても、寝ることよりも今の活動が大事、みんなはどう思っているんだろう。


 部室に戻ると泉は電子ピアノに慣れてきてクラシックの名曲を、亮は別の曲を弾いていた。

 まとまりの無い音は微睡を不安にさせた。


「譜面印刷してもらった」

「ありがとう、あたしもついて行けば良かった。ごめんね」

「大丈夫。プチプチは?」

「飽きたから動画撮ってた。あとで見てね!」


 譜面を配る。


「じゃあ時間も少ないし練習しよう。と言ってもどうやるのかよくわからない」

「まず、合わせる前に楽器はそれぞれで練習しましょう。私はヘッドフォンをするのでお互いの音が邪魔になることは無いでしょう」


 泉は電子ピアノにヘッドフォンをつなぎさっそく練習を始めた。


「まどろみさんはこの曲知ってる?知ってたら今からギターと合わせて歌の練習できるよ」

「いや、知らないんだ」

「じゃあ配信されてるからそれを聴いてみて。寝ながら聴いたら完コピ…」

「亮、今すぐ聴くからギターと合わせて練習させてくれ」

「あ、わかった」


 美咲の前で完コピすることを躊躇ためらったのだが、それよりも亮のギターで歌の練習ができる機会を逃すのが嫌だった。

 起きた状態で曲を聴けば完コピは出来ないはずだから、普通の人と同じようにずっと練習出来ると思った。


「じゃ、あたしは練習風景の撮影!」


 まどろみさん、やっぱり亮のこと気になってるみたい。同好会の記録とともにまどろみさんの恋の行方も記録しとこう。2人がうまくいったらきっと良い記念写真になる。


 美咲はお節介せっかいなおばさんの様にそう思った。


 微睡は配信されている曲を聴いたが覚えられない。普通に歌を覚えるというのはこんなに難しい事なのか?


「繰り返し聴かないと駄目だよ。それと口ずさんだほうが早く覚えられる。譜面の歌詞を見ながら歌ってみよう」


 亮はギターを弾き始めた。


 歌の出だしにスッと入れない。音程がうまく合わない。ギター用にアレンジされていて配信曲と違って聞こえるからなのか?これは恥ずかしい。


 まどろみさん音程が合わないな。美咲さんが居るからわざとかな。完コピ出来るというくらいだからもっと歌えるはず…きっとわざとだ。


 まどろみさん歌うまいなあ。あたしとは大違い。やっぱりあたしは歌えない、記録することに徹しよう。


「美咲、動画を撮るのはやめてくれ、は、恥ずかしい」

「そう?わかった、写真なら良いよね?」

「うん…」


 微睡は亮の前で下手な歌を歌うことが恥ずかしくてやめてしまいたかった。しかし、亮のギターで歌える嬉しさと、ここでやめたら美咲のためにならないと思い練習を続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る