第18話 安井宮子のお願い

 選択科目の時間。


「美咲~、私用事あるから先に美術室行っといて~」


 宮子は美咲に言うと、音楽室に向かった。


 北山高校では、芸術科目を音楽・美術・書道の中から選んで履修することになっていて、美咲、宮子は美術を、亮、泉、微睡びすいは音楽を選択している。


 まどろみさんは寝てるから、まずは日之池くん。


「美咲のことで話があるの。お嬢には昨日少し話したんだけど、良いかな?」

「良いけど、安井さん美術じゃないの?」

「うん、手短に話すね。まどろみさんはさっそく寝てるから、まどろみさんの耳に入るように彼女の横で」


 座席の指定が無いので、泉と亮は微睡びすいの周りに座って小声で話した。


「あのね、美咲に歌を取り戻して欲しいの」

「取り戻す?」


 唐突とうとつすぎて亮は話が見えなかった。泉が補足した。


「美咲さん同好会で絶対歌わないって言ってましたよね、歌わないんじゃなくて、人前で歌えないみたいなんです」

「なんで?」

「美咲、音痴なの」


 冗談かと思ったが、宮子は真顔だった。


「美咲さん、それが原因で小学校でからかわれて歌えなくなったみたいなんです」

「からかわれてって、それイジメってことだな」

「うん、それがトラウマで人前で歌えなくなったの」

「そんなに音痴なの?」


 宮子は表情を曇らせ


「う~ん……うん」


と答えた。


「でも私は歌っていうのは歌ってる人が楽しかったら良いと思うんだ」


 確かにそうだな。プロ歌手は別にしても、素人はまず自分が楽しくないと。


「美咲は同好会活動をスマホカメラで記録する役のていなんだって言ってたんだけど、せっかく音楽の同好会なんだし、なんとか歌えるようになったらいいなと思って。もちろん私も協力するから」


「無理やりじゃなくて、自ら歌ってもいいかな、と思ってもらえるような流れを作ろうって昨日話してたんです。第1目標はみんなでカラオケです。私もカラオケって行ったことないので」


「それ、いきなり目標が高くないか?そこに至るまでに何かしないと。カラオケって歌う場所だからなあ。かたくなになって身構えられたら終わりだよ。あとでまどろみさんも交えて作戦を立てよう」


「ありがとう!日之池くんID教えて、私、美咲と一緒に居ること多いから、いざというときはメッセージで連絡してね!」


 宮子がQRコードを読み取っていると、音楽の先生が入ってきた。

「授業を始めます。適当なとこに座って…適当と言ってももちろん椅子にね」


「しまった~、1回目の授業から遅刻だあ~」

 宮子は走って教室を飛び出した。

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