第4話





 僕が千秋さんと話している間に、遊馬さん達の感動の再会は落ち着きを取り戻したみたいだ。


「夕葉から、大体のことは聞いた。……あー、色々と嫌なことを言って悪かった」


「いえ、こちらも存在を隠していたことは事実ですので。申し訳ございませんでした」


「あんた達にも、あんた達なりの事情があったんだろう。そこに対して、何か言うつもりはない。こうして夕葉に会えたから、感謝している」


 夕葉さんと会えたからか、すっかり遊馬さんの空気は柔らかいものになっていた。

 穏やかに、彼女の体を引き寄せている。


「良かったですね。遊馬さん」


「ん。ああ、ありがとうな」


 完全なる父親の顔をしていて、すっかり牙が抜けていた。

 いや、たぶん本来は、こういった感じで穏やかな人なのだろう。

 夕葉さんのおかげで、戻ったというわけだ。


「あの、お父さんと会わせていただき、ありがとうございました」


 涙ぐんでいる夕葉さんは、今湊さんと千秋さんに対し、深々と頭を下げた。


「お父さんに会えてえ、良かったですねえ」


「……はい!」


「あのー、一つだけ質問をしてもいいですか?」


「えっと?」


「あ、初めまして。今回、この島に招待されていた者です」


「あ、そうなんですね! 初めまして! 何でも聞いていいよ!」


 夕葉さんはどちらかというと、鷹辻さんタイプみたいだ。

 元気に握手をしてくれた彼女は、初対面の僕に対しても友好的に接してくれた。


「あの、あなたはこの島にずっといたと聞いたんですけど、どうしてですか?」


「やっぱり、そこ気になるよねえ」


 嫌がるのかと思ったけど、全くそんなことは無かった。


「聞いてもあまり面白い話じゃないけど……それでもいいかな?」


「えっと、言いづらいのなら良いですよ?」


「ううん。私が言いたいから、聞いてほしいな! この島に来るまでにね、私、ストーカーに合っていたのよ」


「夕葉、何度も言っているが、それはどいつなんだ?」


「それはもういいの。終わったことなんだからさ」


 遊馬さんが父親らしく、そのストーカーに復讐しようとしている。

 しかし夕葉さんは、頑なにそれが誰がとは言おうとしない。


「でもよ。そのせいで夕葉は、ずっと行方不明のままだったんだ。そいつに怒りを感じないわけがないだろう?」


「いいの。ていうか、もうその人はいないからさ」


 清々しく笑う彼女に、それはこの世からですかとは聞けなかった。

 きっとここにいることを許可したりんなお嬢様が、そのストーカーも処理してくれたのだろう。

 だから安心して、この島で暮らしていたというわけだ。


 しかし、父親である遊馬さんと再会した今、彼女はどうするつもりなのだろうか。

 島を出て二人で暮らすのが、幸せな結末だと第三者なら言いそうだけど。


「それは、大変だったんですね」


「ここで良くしてもらったから、そうでも無かったよ! お父さんに連絡出来なかったのは、ちょっと色々あったからなの。心配かけちゃって、本当にごめんなさい」


「いや、いいんだ。今ここにいるだけで、十分だ。……これからは、ずっと一緒にいられるんだろう?」


「あ、えっと」


 その質問に、彼女はとても困った顔をした。

 少し不穏な空気が、場を包み込む。


「夕葉、どうしたんだ? 一緒に帰るんだろう?」


 遊馬さんが眉間にしわを寄せて、彼女の顔を覗き込んだ。

 それに対し、焦った様子で汗を流している。


「そのことなんだけどさ。あのね」


 とても言いづらそうに、遊馬さんの方を見ていた彼女は、意を決したように口を開いた。


「私……この島の人達に恩があるから、それを返すまで帰るつもりはないの」


「な!? それは、いつまでのつもりなんだ?」


「分からない。凄く凄く大きな恩だから、一生かかっても返せないかもしれないし」


「それじゃあ、一生出ていかないつもりなのか?」


「ここは、とてもいいところよ。お父さん」


 親子の話は、さすがに邪魔出来ない。

 どういった結果になるのか、見守っていた。


「だから、お父さんが良かったらさ、一緒にこの島にお世話にならない?」


「……俺が?」


「うん。聞いてみたら、お父さんも一緒に住んでいいって。でも、やっぱり嫌?」


 遊馬さんは眉間にしわを寄せたまま、目を閉じて考え始める。

 唸り声を上げて、ものすごく思考を巡らせているみたいだ。


 そして何分か経ち、絞り出すように途切れ途切れに答えた。


「……一緒に、暮らそう。……夕葉……」


 この島への移住と、夕葉さんとの生活を天秤にかけて、夕葉さんに傾いたようである。


「本当に! 良かった!」


 遊馬さんの答えに、夕葉さんは全身で喜びを表現する。

 そして、勢いよく抱き着いた。


「お、おう。……すまないが……よろしく頼む」


「かしこまりました」


 ものすごく不本意といった感じには見えるが、夕葉さんの体を抱きしめているので、そこまで本気で嫌がっているわけではないだろう。

 千秋さんは、頭を下げて、その口元に笑みを含ませた。


「いいですねえ。家族の団らんって感動しますう。ぱちぱちい。ふーふー! きゃーきゃー」


 今湊さんは口で拍手をしているかのような音を出したり、盛り上げ役に徹していた。

 確かに、一番良い終着点なのかもしれない。





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