第5話





 遊馬さん親子のやり取りが終わり、僕と緋郷は今湊さんと一緒に屋敷へと帰っていた。

 完全に邪魔者だったので、空気を読んだわけである。


「本当に良かったですね。遊馬さん」


 娘のために、りんなお嬢様にまで楯突いたこともあったのだ。

 それぐらい想いは強かったわけで、再会出来たことは本当に喜ばしい。


「それにしても、この島に招待された半分以上の人が、島に残ることになるんですよね。そう思うと、何だか面白いです」


 ふと、頭の中によぎった事実を、口にする。


「確かにそうですねえ。夕葉さんの件みたいにい、事情があって島に残る人は今までいましたけどお。こんなにもたくさんはあ、初めてのことかもしれませんねえ」


「今更ですけど、全員受け入れても大丈夫なんですか?」


「本当に今更ですねえ。心配しなくてもお、大丈夫ですよお。例えあと百人が来たとしてもお、余裕で受け入れられますからあ」


 自信満々に言う今湊さんに、大袈裟な様子は感じ取れない。

 実際に、百人なんて余裕で世話出来るキャパシティが存在しているのだろう。

 そして、潤沢な資金も。


「安心ですね」


「そうですよお。安心してくださいい。私もお、完全なサポートをしますからあ」


「それは、もう怖いものなしじゃないですか」


「うふふう」


 別におだてたわけでは無い。

 本当に、この人達のサポートがあれば、怖いものなしだと思ったのだ。


「ああ、そうだ。湖織」


「なんですかあ?」


「今日は、灯台に連れてきてくれてありがとう」


「急にお礼ですかあ。なんで私にお礼を言うんでしょうう?」


「んー、なんとなく。だから、とりあえず受け取ってくれればいいよ」


「それならあ、受け止めておきますう」


 今湊さんは知らないふりをしたけど、どう考えたって、彼女が灯台に連れてきてくれたようなものである。

 たぶん、僕と緋郷だけだったら、上手いタイミングで遊馬さん達に会うことは出来なかった。

 あまり人に知られるとまずそうな感じであったのに、僕達に見せてくれたことは感謝以外の何物でもない。


「何のことかは分からないですけどお。約束しましたからねえ。約束は守る主義ですからあ」


「……約束?」


 今湊さんと何か約束したかと考えれば、一つだけ思い出した。

 それは、灯台にいる他の野良動物に会わせてくれるというもの。

 しかし僕が考えていたのは、猫や犬や、珍しいとしてもオオカミやクマぐらいだと予想していたので、ものすごく裏切られた気分だ。


 というか、人間も大きな括りで言えば、動物かもしれないけど。

 さすがに、もう少し分かりやすく教えてくれても良かったのではないか。

 そういった気遣いを、今湊さんに求めても無駄か。


 そこまで考えが及ばなかった、僕が悪かったのだ。


「そういえばあ、お兄ちゃん達は寂しいですねえ」


 自身の思考を反省していると、今湊さんが話題を変えてきた。


「寂しい? 何でですか?」


 寂しい理由に心当たりがなくて、僕は首を傾げる。

 何か忘れているものがあったのだろうか。


「さっきまでえ、話していたじゃないですかあ。この島に残る人が多いってえ」


「そうですね。死体になった人も含めて、半分以上。でも鷹辻さん達は、一緒に帰りますよね?」


「あれえ? お兄ちゃんは聞いていないんですかあ? 帰らないですよお」


「えっ!? 帰らないんですか? もしかして、滞在期間延長するってことですか?」


 鷹辻さん達も帰らないのか。

 もしかして島の居心地がいいから、帰るのが名残惜しいということなのか。

 その気持ちは、わからなくもない。


「そういうわけじゃあ無いみたいなんですけどお」


 何故か、言葉に詰まっている。

 そんなに、言いづらいことではないと思うのだけど。


「つまり、あれだろう。あのメイドのうちの一人と、家族になるっていう話じゃないの」


「……は? どういうこと?」


 急に入ってきた緋郷の言葉は、僕にとっては衝撃しか与えなかった。

 家族になる。それは、家族になるという意味なのか。

 上手く頭が回ってくれない。


 僕の頭の中には、ウエディングドレスを着た冬香さんと、その隣に立つタキシード姿の鷹辻さんが浮かんでいた。

 近くで、槻木さんが泣いている。

 ‪そしてこの想像は、あながち間違っていないのだろう。

 出来れば間違っていて欲しかったけど、絶対に無理だ。


「そうなんですよお。まああ、まだ家族になるというのはあ、早い話なんですけどお。そういった理由でえ、まだ残るみたいですう」


 今湊さんの、僕に向ける視線が痛い。

 僕は心の中で血の涙を流しながら、何とか口を動かした。


「それはそれは、とてもめでたいことですね。いやまったく。ごしゅうぎははずまないと。いやあ、めでたいめでたい。あのふたりはおにあいだと、つねづねおもっていたんですよ」


 ものすごく棒読みになってしまったけど、お祝いの言葉は言えた。


「もう少しい、タイミングを考えるべきでしたねえ。こんなにもお、壊れてしまうとは思わなかったですよお」


「ま、いつ言ったところで、結果は同じだったと思うよ。すぐに元に戻るだろうから、放置しておこう」


「そうしますう」


 二人が僕を遠巻きにして、こそこそと話をしている。

 なんか馬鹿にされている気がしたが、怒る気力も今は無かった。






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