第3話




 声のした方を見ると、同年代ぐらいの女性が立っていた。

 髪をポニーテールにしていて、半そで短パン、快活そうな見た目である。

 今は、遊馬さんを見つめ、少し戸惑った表情を浮かべていた。


 先ほどの遊馬さんの言葉から察すると、この人が夕葉さんだということになる。

 しかし、どうしてここに?

 僕達は集団で幻覚でも見ているのか。


「ゆ、夕葉? 本当に夕葉なのか?」


「うん。五年ぶりかな? 久しぶりだね」


「夕葉! ……いや、でも、お、俺は信じないぞ! どうせごまかすために、似させた奴を用意したんだろう!」


 その可能性は高い。

 そういうことを仕出かそうだし、技術だって持っている。

 もしもそんなサプライズをしたのだとしたら、この島の人達は最悪の性格をしていることになる。


「まあ、そうなるよね。急に娘です、って出てきても信じられるわけないか。私でもそうなるね。娘の成長は早いでしょ」


 偽物疑惑をかけられているのに、全く動じていない。

 うんうんといった感じで、頷いている姿に、遊馬さんとの共通点が見いだせなかった。

 本当に親子なのだろうか。

 僕と緋郷は初めましてなので、そこについては判断できない。


「こういう時は、娘だと分かるような話をするのが定石だよね。それじゃあ、最後に会った日のことを話そうか」


 いまだに、夕葉さんかもしれない女性のことを、遊馬さんは睨んでいる。

 もしかしたら信じたい心もあるのかもしれないけど、突然のことに戸惑いがあって、混乱しているんだろう。


「あの日は、確か小雨が降っていたよね。私は折り畳み傘とビニール傘を持っていたから、お父さんにビニール傘を貸してあげようとしたのに。喧嘩をしたから、お父さんはずぶぬれで帰って行っちゃった。あの時、風邪ひかなかった?」


「……本当に、夕葉か……夕葉!」


 しかし、おそらく二人しか知らないような会話に、彼は即信じた。

 顔をゆがめて、夕葉さんに近づき、そして体を抱きしめる。


「久しぶり! お父さん!」


 抱きしめられた夕葉さんも、抱きしめ返す。

 親子の感動の再会。

 ハンカチを用意しなくてはならない場面なのかもしれないのだが、僕は二人から少し離れたところにいる、今湊さんと千秋さんの元に近づいた。

 そして雰囲気を壊さないように、小声で話しかける。


「……えっと、どういうことですか? 夕葉さんを、この島に連れてきたということなんですか?」


 僕の質問に、千秋さんが面倒くさそうにため息を吐いた。


「だから、他に人を呼ぶべきではないと申したのに。りんなお嬢様の考えていることは、私には分かりかねます」


「実はシンプルなものですよお。楽しいことはあ、共有したいい。感動の再会にはあ、観客が必要というわけですよお」


「そうですか。りんなお嬢様にも困りものです。この方達には島のことも話したのでしょう? 別にそのまま帰してしまえば良かったのに」


「千秋さんはあ、あまり二人のことをお、評価していないみたいですねえ」


「当たり前です。探偵としては少しは優秀なのかもしれませんが、りんなお嬢様が目をかけるほどの何かがあるとは思えません」


「手厳しいですねえ」


「なるほど、これがツンデレというものですか」


「絶対違うと思いますよお。お兄ちゃんん」


 いや、僕の中では完全に、千秋さんはツンデレキャラで定着している。

 春海さんはお姉さんキャラで、冬香さんは癒し系だ。

 だからたぶん、この手厳しい言葉も、裏を返せばデレで満ち溢れている。


 今湊さんは呆れた顔をしているけど、僕の考えに共感しているのだろう。


「それで、実際のところどうなんですか? 夕葉さんは、サプライズゲスト的な感じで招待したんですか?」


「違いますよお。招待したんじゃなくてえ、元々この島にいたんですよお」


「この島にいた? え? どこにですか?」


「ずっとずっとお、いましたよお。気が付かなかっただけですう」


 気が付かなかったとはいっても、一週間も滞在していて、その姿を見ないことなんてあるのだろうか。


「ここにいたんだろう」


 分かっていない僕に教えてくれたのは、緋郷だった。

 示す先には、灯台がある。

 えっと、ということはもしかして。


「あそこの中には、人が住めるような場所があるってこと?」


「まあ、そうだろうね」


「ぱちぱちい。正解ですよお」


「本当にりんなお嬢様は何を考えていらっしゃるのか。全ての秘密を暴露するつもりなのかしら」


 千秋さんが色々と言いたくなる気持ちも分かる。

 僕達はこのまま消されても文句が言えないぐらいには、色々と知りすぎている。

 帰してくれる気、本当にあるんだよね。

 少し不安になってきた。


「安心してくださいい。帰りたい人はあ、きちんと帰してもらえますよお。秘密を話さなければあ、消されることは無いですからあ」


「ずっと、監視しておりますから」


「あれ、これはプロポーズなのかな?」


「お兄ちゃんはあ、たまに気持ち悪いですよねえ。ポジティブなのはいいことだと思いますけどお」


「サンタは女性を相手にすると、ポンコツになることがあるからね」


 それに関しては、全く持って緋郷に言われたくはない。

 否定も出来ないのだけれど。





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