第41話



「あなたは何が言いたいのかしら? はっきり言ってくださる?」


 緋郷が何を言っても止まらないし、きちんと説明をしないと納得しないのは、すでに分かったのか。

 再び大きなため息を吐いたりんなお嬢様は、緋郷にはっきりと質問をするように促す。

 その顔には諦めの感情だけで、未だに怒っていないことに拍手を送りたい気分だ。


「言いたいことは、何となく分かっているだろう? わざわざ言わせるなんて、悪趣味だなあ」


「悪趣味なのは、あなたじゃなくて?」


「はいはい、言えば満足なんでしょ。俺が言いたいのは、全部仕組まれていたことなんじゃないかっていう話」


「仕組まれていた? 何がですの?」


「最初から最後まで、全部だよ」


「緋郷、どういうこと?」


 成り行きを見守っていた僕は、聞き捨てならない話に、間に入る。


「おかしいと思わなかったの? ここの図書室には、姫華さんや珠洲さんに関する資料があったんでしょ。ということは、二人がこれまでに何をしたのか、知っていたことになるよね。それなのに、わざわざ一緒のタイミングで、この島に呼ぶ?」


「それも、そうだね」


 確かに、偶然にしては出来すぎている。

 しかし、わざわざそんなことをする必要はあるのか。


「それにさ、所々で犯人の二人にとって、都合がいいことが起こりすぎたでしょ。トランプで遊んでいて、電話が鳴った時にだけ誰もいなかったり、警察を呼ばなかったり、図書室にあった資料が消えたりとかさ」


「ああ……」


 言われてみれば、おかしなことはたくさんあった。

 しかし他にもっとおかしなことがたくさんあったから、考えている暇が無かったのだ。


「大方、メイドの誰かがやってくれたんだろう? 君は、高みの見物ってことかな」


「あら、その言い方ですと、私が悪の親玉みたいですわ」


「あれ? 違うの? 君のせいで、二人の人間が殺されて、二人の人間が自殺しようとしていたのにさ」


 ここで、りんなお嬢様は口を閉ざした。

 その顔からは、一切の表情が抜け落ちて、底のない暗い瞳で、緋郷を見る。


「私が全て悪いと?」


「いいや、悪いのは実行した人達だよ、でも」君は、それをお膳立てしたんだろう?」


「ふふふ」


 口元は笑みを浮かべさせたが、無理矢理といった感じが強く、とても歪なものになっていた。

 何かが、爆発しそうな予感。

 このままにしておいたら、たぶん世界は終わってしまうんじゃないか。

 そんな危機を感じて、僕は緋郷に忠告しようとした。


 しかしその前に、緩い声が空気を切り裂く。


「はあい。これからはあ、私がお話をしますねえ。もっとハッピーな話をしましょうよお」


 言わずもがな、それは今湊さんだった。

 彼女はいつの間にか、りんなお嬢様の隣に移動していて、緩く笑っていた。

 しかし目が笑っていない。少し怖い。


 緋郷がりんなお嬢様を虐めすぎたので、怒っているようだ。

 普段怒らない人間が怒った時が、一番怖いというのはよくあることである。


「私が代わりに答えますよお。全部偶然の出来事ですねえ」


「ふうん。偶然全てが重なる確率って、物凄く低いよね」


「でもゼロでは無いですよお。可能性がある限りはあ、怪しいとは言えないですよねえ」


 凄い。

 緋郷に対して、ここまでごり押しで何とかしようとするなんて。


「そうかもね。それじゃあ、たまたま偶然が重なったってことにしておこうか。そっちの方が、都合が良いんだろう?」


「別にい、頼んでいないですけどねえ」


 本当に強いな。

 一応諦めさせたことに、僕は今湊さんに対して心の中で褒める。


「それで? どんな面白い話をしてくれるの? 君の言う面白い話を聞くのが、ものすごく楽しみだな」


 やり返された腹いせなのか、緋郷は無茶ぶりをした。

 全く大人げないけど、大体同じぐらいの年齢だろうし、まあ子供をいじめているわけではないから見逃すか。

 それに、今湊さんは守られるような弱いタイプではない。


「いいですよお。リクエストに応えてえ、面白い話をしてあげましょうう。あなたの師匠であるう、伝説の探偵が来たことがあるという話がありましたよねえ」


「……続けて」


 やはり彼女は強い。

 緋郷に対して強気な態度に出ただけではなく、手玉に取るなんて。

 尊敬してしまう。


「私い、その時この島に来て間もない頃だったんですよお。まだ小さい子供でしたからねえ、優しくしてもらえたんですう。色々なお話をしてくれましてねえ」


「へえ、例えば?」


「気になりますかあ。まあ、いいでしょうう。その人はねえ、こう言っていましたよお。とても面白い子供に出会ったんだってえ。その子供は、将来性があるからあ、自分の後継者にしたいとねえ。それってえ、もしかしてあなたのことなんですかあ」


「さあね」


「その顔があ、何よりの証拠ですねえ。いつものポーカーフェイスがあ、崩れちゃっていますよお」


 緋郷を手玉に取って、更には追い詰めている。

 それは、僕が初めて見る姿だった。


「俺の顔が崩れている? はは、面白いことを言うね。ああ、面白い。面白過ぎて、腹がよじれそうだよ」


 追い詰められているからか、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

 僕は、緋郷と今湊さん、どちらを応援して良いのか分からず、右往左往していた。




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