第36話



「お、兄ちゃん? 嘘だよね? 一人で死のうとしていたなんて、この人の悪い冗談なんでしょう?」


 来栖さんの様子に、何かを察した賀喜さんは、そちらに詰め寄る。

 彼女に色々と言われてもなお、来栖さんは黙り込んだままだった。


「ねえ、何で? どうして? 私を置いていく気だったの?」


「……ごめん」


「謝らないで! 私は理由を聞いているの!」


 来栖さんが謝ったことで、本当に一人で死ぬつもりだと分かってしまった。

 賀喜さんの涙が止まらず、その顔は絶望に染まる。


「全ての罪を、自分一人で被ろうとか、そういうことを考えていたんじゃないの?」


 緋郷の言葉は、またしても図星だったらしい。

 来栖さんは、気まずそうに口を閉ざす。

 とても、わかりやすい人だ。


「私のため? 私のためにそんなことをしようと思っていたの? そんなの私のためじゃないよ」


「……ごめん」


「どうして、話してくれないの? そんなに私は、頼りない?」


「それはちがっ」


「それじゃあ、なんで?」


 来栖さんは、賀喜さんから目をさらし、小さな声で話す。


「……出流には、生きていて欲しかった」


「……なに、それ」


 関係の無い僕でもわかる。

 今の来栖さんの言葉は、賀喜さんを馬鹿にしたものだと。

 弱々しくなっていた彼女の怒りが、再燃した。


「馬鹿にっ、馬鹿にしないでよ!」


 彼女は立ち上がり、来栖さんの懐に飛び込み、何度も何度も胸を叩く。

 来栖さんは、それを気持ちごと受け止めるかのように、賀喜さんを抱きしめた。


「私は、別に許されたいとは思っていなかったし、一人で生き残ったとしても、お兄ちゃんがいなかったら生きている意味なんてない!」


「……ごめん、ごめん……」


 謝って謝って、それでも抱きしめる力は緩めなかった。


「私のエゴなのは分かっている。出流には、生きて普通の生活を送ってもらいたかったんだ。私が全ての罪を被れば、出流は幸せになれると、そう思った。何も考えていなかったのは、分かっている。それでも、一緒に死なせたくは無かった」


「私が、一人生き残った時、本当に幸せになれると思った? 両親が死んで、私の家族はお兄ちゃんしかいないのに。そんなお兄ちゃんがいなくなって、どうやって生きていけばいいの……」


「……出流」


 怒るよりも、悲痛な訴えの方が、来栖さんには効いたようだ。

 とても辛そうに、彼女の名前を呼ぶ。


「……分かった。一緒に死のう。本当に、それでいいの?」


「うん。お兄ちゃんと一緒なら、死ぬのだって怖くないよ」


 二人の世界を築いてきているけど、少し待ってほしい。


「……あのう、死んだら駄目ですよ?」


 死のうとする気満々なのは、さすがに駄目である。

 それなら、何のために止めたのか分からなくなってしまう。


「大丈夫ですよ。この島では死にませんから。あなた達が罪悪感を抱くことはないですよ」


「ええ、私達は恨んで出てくることなんてありませんし」


 心配しているのは、そういうことでは無いのだが。

 今ここで死なないのなら大丈夫だということではなく、出来れば死んでいてほしくないのだ。

 どうして、そこを分かっていてくれないのだろうか。


 穏やかに微笑んでいる二人は、僕達がどんな気持ちなのか考えていない。

 あなた達の知らないところで自殺をしますから安心してください。

 はい、それなら良いですよ。

 となるわけが無い。


 僕の思いは、他の人も同意見なようで。

 緋郷以外の全員が全員、微妙な顔をして、来栖さん二人を見ている。

 あのりんなお嬢様でさえ、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべていた。


「私達が犯人です。私が飛知和を、出流が鳳を殺しました」


「警察には引き渡して欲しくはないですが、私達のことは任せます。どうぞお好きなようにしてください」


 このままでは、自殺はまぬがれない。

 落ち着いた様子が不気味で、もう誰の言葉も届かないのが見て取れる。

 どうにか考えを変えさせないと。

 しかし、どうやって?


 並大抵の言葉じゃ駄目だ。

 どれだけ死ぬのは良くない事だと説き伏せても、全く意味を持たない。

 そもそも死なないように説得して、島を出たら待っているのは刑務所生活だ。

 死ぬのとどちらがいいかと聞かれれば、色々な人が迷うところだろう。


 自殺させるのも嫌だが、刑務所に行かせるのも夢見が悪い。

 殺人犯にそんな感情を抱いている時点で、おかしいのかもしれないけど、僕が殺した理由を聞いてしまった。

 その理由は、同情の余地がある。


 二人共、死なせていい人材ではない。

 仕事を担っていたとはいえ、大きな家を二つ潰すことに成功したのだ。

 復讐のために人を殺すという短絡的な考えも持っているが、処理能力が高いという証拠だろう。

 そして、何より家族思い。


 僕は二人の気持ちが全く分からないから、羨ましさばかり感じていた。

 必死に死なせないための案を考えていると、僕の頭の中に一つの考えがひらめいた。

 それは非人道的で、犯罪行為でもあった。

 誰かが反対すれば終わりだし、そもそも受け入れられなければ意味が無い。


 しかし、提案するだけの価値はある。

 僕は気まずい空気の中、挙手をした。


「あの……犯人を見つけ出した際に、りんなお嬢様が何でも願い事を叶えてくれると、そう言っていましたよね?」


 さて、結末はどっちに転ぶのだろうか。





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