第35話




「経営の方でもね、後ろめたいことをたくさんしていましたから。証拠には事欠きませんでしたよ」


「私達が思っていた以上に出来たので、様々な仕事を任されていました。不正の証拠を盗み出すなんて、目をつぶっていても出来ましたよ」


「私達が裏切るわけないと、なんで思ったんですかね。自分達がやったことがバレていないと、本気でそう考えていたんですから馬鹿としか言いようがないです」


 そうして油断をしていたから、足をすくわれたわけである。


「この島に来る前に、時限爆弾を設置しておいたんです」


「私たちの置き土産ですから、絶対に喜んでもらえたはずです」


「その爆弾はですね。一定の操作が期限内に行わなければ、不正データがマスコミとネットに流出する仕掛けになっていたんですよ」


「きちんと救いも与えたんですよ? 一定の操作が行われれば、流出することはないんですから。でも、全てを私達二人に任せていたんですから、きっと操作なんてしていないでしょうね。焦ったところを実際に見られなかったのが、とても残念です」



 復讐が成功していることを疑っていない二人は、とても楽しそうだ。


「それは、いつ爆発する予定なんですか?」


「今日ですよ。もう爆発したあとですね」


 全てが終わったと確信したから、死のうとしていたのか。


「仕事も権力も失って、明日には娘が死んだことを知らされる。自分の地位が磐石なものだと思っていたでしょうから、殺されるよりも打撃を与えられるかもしれませんね」


「私達の両親を殺したんですから、当然の報いです。もっと苦しめたかったんですから」


 来栖さんに比べ、賀喜さんの方が恨みが強いらしい。

 先程から、過激な発言が絶えない。


「これで私達の話は終わりです。特に面白みもない、復讐の話でしたでしょう」


「いいえ。とても興味深かったです」


 二人の話が本当であれば、二つの大きな家が潰れていることになる。

 どういった不正をしていて、どういう結果になったのか。

 島から出て、ニュースを見るのが楽しみだ。


「私達の全てを壊した人達の、全てを壊し終えたので、もう生きている意味が無くなったんです」


「私もお兄ちゃんも、もう死にたいんです。罪を償いますから、死なせてくれませんか?」


 これも、一種の燃え尽き症候群か。

 人生をかけてまでの復讐が終わってしまい、何の目標も無くなってしまった。


「この島から生きて帰ったとしても、私達に帰る場所は残っていません。それに刑務所に入るのだって、ごめんです」


「……お願いします。もう私達に構わないでもらえませんか?」


 死にたいから、見逃してもらえないか。

 そう言われて、見逃す人なんているのだろうか。


「……死ぬなんて、馬鹿なんじゃないの?」


 少しざわめいていたところに、緋郷の静かな声が聞こえてきた。

 その声音からは、心底馬鹿にした感情が、大量に含まれている。


「……馬鹿、ですか?」


「私達が? どうして?」


 緋郷の煽りに、来栖さんは眉をひそめ、賀喜さんは明らかに怒りをあらわにした。

 それでも緋郷は、煽るのをやめない。


「人を殺したとしても、その罪を償うために自殺をする? それの、何が意味あるのかな?」


「意味とは。それは……」


「私達は、もう両親の元に行きたいんです! 生きているのも、もう嫌なんです!」


 煽りに触発されて、更に賀喜さんの怒りは強まった。

 立ち上がり緋郷に掴みかかろうとしていたけど、冬香さんにおさえられていた。


「生きているのが嫌だから死ぬ。全く、何の面白みも無いね。そんなのが人生なんて、生まれなければ良かったんじゃないの?」


 そこまで言う必要があるのか、何か考えがあるのだろうか。

 存在を否定され、怒りを通り越してしまい、賀喜さんの怒りはしぼんだ。


「それなら、どうすれば良かったんですか? 私達は何をすれば良かったんですか? そのまま、ずっと奴隷でいれば、上手くいったんですか? ずっと恨みを持ったまま生きていれば、生まれた意味があったんですか?」


 涙をこぼして、彼女は椅子に座り込む。

 そして緋郷に問いかけた。

 問いかけられた緋郷はというと、髪型を気にしながら切り捨てる。


「そんなの知らないよ。俺は、君じゃないから」


 全く興味が無い。

 殺人ではなく、自殺しようとしていた人に、彼は優しさなどかけらも持ち合わせていなかった。

 殺人の被害者だけを好きになる、その判断を下す正確さは、とても凄いし信頼している。


「ねえ、そこの君」


「は、はい。何でしょう?」


「何で、一人で死のうと思っていたの?」


 それに、その他における推理力も、僕が知りうる限りでは一番だと知っている。

 その緋郷が、来栖さんに対して言った言葉は、嘘でも頭がおかしくなったわけでもないと、僕だけが分かっている。


「何を言っているんですか? お兄ちゃんが一人で死のうとしていた? そんなわけないじゃないですか」


 涙を流していた賀喜さんは、緋郷の言葉に反論をする。

 しかし、当の本人の来栖さんは、黙り込んでしまった。


 それがきっと、答えなのだろう。

 来栖さんは、一人で死のうとしていた。

 賀喜さんには悪いが、そういうわけだ。




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