第30話
「えっと、姫華さんをどうやって殺したのか、話した方が良いのかな?」
「当然ですわよね。ここで次の方に行くのを、誰が許すと思いまして?」
「あーあ。理解できる人がいないせいで、俺の労力が失われていくよ」
緋郷の興味が薄れかけてきているのを、僕は目ざとく察知する。
「緋郷が頑張っているおかげで、鳳さんも飛知和さんも喜んでいるんじゃないかな。きっと格好いいって思っているよ」
「そうかな? それなら、もう少し頑張るか」
亡くなった被害者の名前を言えば、単純な彼はやる気を取り戻した。
あと何回かぐらいは、この作戦でいけるな。
僕はひと仕事を終えた気分で、額の汗を拭った。
アリバイを作ろうとしたのは分かったけど、そこからどうやって殺そうとしたのかは、まだ分からない。
素人には、優しくして欲しいものだ。
「えっと、アリバイを作ろうとしたのは教えたよね。それじゃあ、どういう流れで殺したのか話そうか。それでいい?」
「そうしてもらえると助かる」
「それじゃあ、時系列で話をするね。夕食が終わって、まずこの部屋から出ていったのは姫華さんだったよね。その後に続いて、君が彼女を追っていった」
指名をされた来栖さんは、特に何も言わず緋郷を感情のこもらない目で見ていた。
「その時、言ったんじゃないかな? 俺が話をしたいと言っていたから、十一時にカルミアの花畑に、一人で向かってくださいってね」
「それはどうして?」
「姫華さんを一人にするためさ。そして、誰も来ないだろうところで、落ち着いて殺人を行おうとしていたんだよ」
そう言われれば、納得ができる。
部屋で殺されている様子が無いところ、わざわざカルミアの花畑に死体があったこと。
総合すれば、あそこが犯行現場だと示していたのだ。
「でも、来栖さんは殺せなかったよね。今湊さんを送ってから、ずっとここでトランプをしていたんだから」
それはつまり、そういうことなのだろうか。
来栖さんに犯行が無理だったとしたら、自ずと候補は限られてしまう。
というか、残りは一人しかいない。
「まあ、どう考えたって、殺したのはあの人だよね」
軽く指を向けた先には、賀喜さんがいた。
特に驚いた様子もなく、頷く。
「そうですね。私しか、殺せる人はいませんね。否定はしませんよ。私が鳳さんを殺しました」
簡単に認めた。
そして、ここでようやく殺人を完全に自供したのだ。
「どうやって殺したのか、それは私から説明することでは無いでしょうね。まさか、完璧に説明してくれるんでしょう?」
簡単に認めてはくれたが、しかし煽ってはきた。
それは最後にあがいているわけでも、時間稼ぎをしているわけでもない。
ただ単に、緋郷の力量を図っているだけだろう。
自分を裁くに値する人間なのか、それともただのペテン師なのか。
今のところ、緋郷は簡単な推理しか話していないので、見誤れたとしても無理はない。
これから力を発揮するのだ。
刮目せよ、という感じである。
「あーあ、俺の面倒が増えるだけだね。でもいいよ。説明してあげる。俺は優しいからさ」
緋郷のやる気がまだあるので、上手くやってくれるはずだ。
そこは心配していないので、僕は見守るだけでいい。
今のところ、活躍らしい活躍をしていないけど、僕はモブなので誰も期待していない。
黙っていた方が、流れが止まらずに済むだろう。
僕は口を閉ざして、ただただ見ていた。
「それじゃあ言われたことを素直に聞いた姫華さんは、俺が来るものだと思って、カルミアの花畑の場所に行った。俺と話をしたいから、きっと楽しみに待っていてくれたはずだろうね」
それはない。
全員の心の中で、同じツッコミがなされていたはずだ。
絶対に、当時の鳳さんの心の中では、緋郷をどう言い負かそうかだけしかなかったと思う。
そういう意味では、楽しみに待っていたのかもしれない。
「しかし約束の十一時に来たのは、俺じゃなくてあの人だった。戸惑いと驚きで、パニックになったはずだよ」
緋郷が来るものだと思っていたのに、蓋を開けてみれば、あまり知らない賀喜さんだった。
確かに、パニックになっても不思議ではない。
鳳さんは、内弁慶タイプだっただろうから、余計にだろう。
「きっと逃げることも、何かを考える余裕もなく、殺されたんじゃないかな」
その様子が目に浮かぶ。
抵抗するという考えに至る前に、きっと彼女の体に狂気は突き刺さっていた。
もしかしたらその間際まで、何故賀喜さんにそんなことをされたのか、分からないままだったかもしれない。
「でも、私はその時間、飛知和さんと散歩をしていましたけど? どうやって殺したっていうんですか?」
「散歩っていったって、別々に行動していたと聞いたよ。それならバレないように、そっと抜け出すことも可能だったはずだよね」
「そうですね。でも飛知和さんにバレたとしたら?」
「バレたとしても、トイレに行っていたとか、いくらでも誤魔化すことは可能でしょ。それに、珠洲さんは君に興味がなかっただろうから、抜け出しても気づかなかったんじゃない」
「確かに」
緋郷の言葉に賀喜さんは、自嘲するかのような暗い笑みで同意をした。
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