第31話



 飛知和さんと賀喜さんの関係性の闇が、また少し垣間見えたところで、緋郷の話は止まらなかった。


「えっと、そんな感じで軽く姫華さんを殺したあとは、何食わぬ顔で屋敷に戻ってきた。人一人を殺してきたとは、まさか思わない珠洲さんは、ここで君のアリバイを頭の中で作ることになったんだ」


 ここで立ち続けているのに疲れたのか、近くにいた冬香さんに頼んで、椅子を持ってきてもらい、ゆったりと座った。

 その様子はオーラが出ているが、中身を考えると残念な気分になる。


「その後、深夜になって君は大広間に電話をかけた。かけたあとは、珠洲さんとずっと一緒にいたんだろうね。こうして、二人は完璧なアリバイを作り上げた。……かのように思われた」


「本当だったら、電話をかけた以降に鳳さんが殺されたということになって、あとは死亡推定時刻がある程度割り出されれば、アリバイになるはずだった」


「でも、この中にいる誰も検死なんてできなかったせいで、犯行可能時刻に幅が出来てしまったんだね。それで、全員に犯行が可能だっていうことになってしまった。……これで合っているだろう?」


 まるでここの主人は自分であるかのように、肘掛けに深く体を預けて、来栖さん達を挑発する。


「まあ、否定はしませんよ」


「完璧とは言い難いですからね」


 本当にそう思っているのか、それとも強がりなのか、二人は完全には認めなかった。

 まだ飛知和さん殺人の件もある。


 しかし、二人が共犯の時点で、アリバイなんてないようなものだというのは、僕にだって分かることなのだが。

 全員が屋敷の人間とのアリバイのある中、お互いしか証明をする人がいないのは、二人だけだ。

 犯人だと知らなかった時は完全なアリバイが、共犯になるともろく崩れ去った。


 鳳さんの時よりも、こちらの方が推理をするとしたら簡単なのかもしれない。

 代わりに僕がしろと言われても、何とかできそうな気がする。

 いや、やはり目立つのは嫌だから、遠慮しておこう。


「まあいいや」


 推理を完全に認められなかったが、緋郷は全く戸惑わない。

 自分の世界で生きているので、相手がどんな反応をしようと別に構わないからだ。

 そのメンタルは、探偵という職業以外でも、重宝するだろう。


「とにかく完璧だったはずのアリバイが崩れたから、君達は焦っただろうね。珠洲さんを殺すのは、すでに予定のうちだったから、今更中止するわけにもいかない。延期だって、いつそのチャンスが巡ってくるか分からないから、無理だったはずでしょ」


 焦った二人は、綿密な計画を立てることなく、飛知和さんの殺人を決行してしまった。

 そして、穴だらけの殺人事件となったわけか。


 僕は納得し、二人の運の悪さに同情した。

 今回の殺人が上手くいかなかったのは、常識人であったせいだろう。

 事件があったら警察を呼ぶ。

 そんな常識が当たり前に行われると思い、それをアリバイ作りのために利用しようとしたのが、完全に間違っていたというわけだ。


 本当に、ここで実行しなければ、逃げ切れる可能性だって、絶対高くなったはずなのに。

 どうしてやろうと思ったのかは知らないけど、もう少し考えるべきだったと思う。


 ここは有名無名関わらず、探偵が来ているのだ。

 ほとんどが殺人事件とは無縁だったとしても、一般人よりはポンコツではない。


 それに、りんなお嬢様が報酬を弾むと言ったせいで、更にやる気は満ち溢れていた。満ち溢れていたのは、一部の人間だけではあるが、それでも事件を解決しようとするエネルギーになってしまった。


 全てが来栖さん達にとって、マイナスの方向に向かいすぎて、そういった運命なのだと思ってしまうぐらいだ。

 本当に、この島で行うべきではなかった。


「でも、珠洲さんを殺すにあたって、君達にいいこともあった」


「え? いいことなんてあったの?」


 あまりにも同情しすぎていたせいで、口から言葉が勝手に飛び出してしまった。

 来栖さん達と目が合うが、二人は何も言わずに緋郷の方に目線を移したので、安心する。


「いいことっていっても、そんなに凄い話じゃないけどね。警察を呼ばれなかったおかげで、次の行動に動きやすかったのも、また事実であると思うんだ」


「あー、それは確かにそうかもね」


「それに、もしも警察が来ていたとしたら、普通に考えて、今のように滞在するなんて難しかったんじゃないの?」


「なるほど」


 そりゃあ天下の警察が来たら、事件現場も保存されただろうし、死体だって埋められなかっただろうし、僕達は容疑者候補としてもっと行動を制限されていた。

 そんな中で、殺人を行うほうがデメリットがありすぎて難しかったのか。


 それに、確かに島から強制的に出るように言われただろう。

 その後に待っているのは、警察署での取り調べだ。

 今まで何回かお世話になっているから、そっちの方が気が楽だったかもしれないけど。

 知り合いもいたかもしれないし。


「それは、どうだったかしらね」


 僕が納得していたら、またりんなお嬢様が口を挟んできた。

 彼女は口元に笑みを浮かべたまま、楽しそうに話す。


「もしも、何かの手違いで警察が来てしまったとしても、好き勝手にはさせなかったわ。ここは私の島なのですから、私の命令通りに動くしかなかったと思いますの」


 なんてことだ。

 国家権力でさえ、万里小路家の前では、何の役にも立たなかったのか。


 規模の違うお金持ちというのは、嫉妬の対象にならないのだな。

 凄すぎて僕は、感覚が麻痺していく。


 そうだ。

 りんなお嬢様だったら、なんでもありだ。

 そんなことも考えられなかった僕が、馬鹿だったのである。


 万里小路家バンザイ。





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