第29話




「アリバイ作りって、どういうことだよ?」


 僕が分からなかったように、他にも緋郷の言葉を理解できない人がいて良かった。

 これで全員理解したといって、次に話を進められていれば、探偵の助手としての自信が崩れ去っていたかもしれない。


「え、えっと、鳳さんの時は、誰にも完全なアリバイは無いっていうことになったよね?」


 前に話したことを思い出しながら、槻木さんも首を傾げた。

 その横で、鷹辻さんも同じような動きをする。

 さすが兄弟だ。シンクロ率が高い。


「それなのに、アリバイ作りって?」


「失敗したから無かったんだよ。厳密に言うと、アリバイを作ったのに、それがアリバイとして成立してくれなかったんだね」


「どういうこと?」


「それじゃあ、もしもの話をしようか。もしも、来栖さんが電話を受けた時に、姫華さんが死んでいたとしたらどうだろう?」


「どういうこと? あの時、姫華さんから連絡があったんだよ? 姫華さんが死んでいたら、電話なんて出来るわけがないよね」


 槻木さんが話を理解しないから、緋郷が苛立ち始めた。

 僕は緋郷の話を黙って聞くように、視線で合図をする。

 それがきちんと通じたのかどうかは分からないけど、槻木さんは頷いてくれる。


「電話があった時に、姫華さんが死んでいた。ということは、あの電話をしたのは姫華さんじゃないということになる。簡単なことだろ」


 何となく、言いたいことが理解出来てきた。

 あの電話をしたのは、先に部屋に帰っていた賀喜さんというわけだ。


「あらかじめ計画していたんだろうね。時間が来たら、電話をするようにってね。そうすれば、電話があった時間には鳳さんが生きていたと、俺達が誤解するように仕向けられる」


「でも、そうは上手くいかなかった」


 謎が解けていく気配に、僕は興奮を抑えきれず、話しかけてしまった。

 やってしまったかと思ったけど、緋郷は言葉を続けた。


「そういうこと。来栖さん達の誤算は、次の日に分かった。それは何だと思う?」


「えっと……」


 来栖さん達のアリバイが成立しなかった理由。

 よく考えるまでもなく、それは明らかだった。


「……警察を呼ばなかったから」


「せーいかーい」


「検死が出来ず、死亡推定時刻が割り出せなかった。だから、せっかく作ったアリバイが機能しなくなったってこと?」


「まあ、人が死んだら常識的に考えて警察を呼ぶからね。普通に警察が呼ばれて、自分達のアリバイが確立するかと思っていただろうから、とても驚いたでしょ。ね?」


 来栖さんは返事をしなかったが、表情がその通りだと雄弁に語っている。


「あなたは、遠回しに私を責めているのかしら?」


 今まで傍観に徹していたりんなお嬢様が、からかうような口ぶりで、口を挟んできた。


「私が警察を呼ばなかったから、来栖さんのアリバイが無くなったと、そう言っているように聞こえてくるわ」


「そう聞こえたのなら、そうなんじゃない。って言いたいところだけど、まあ警察を呼んでも呼ばなくても、アリバイが出来ても出来なくても、珠洲さんが殺されたことに変わりはなかっただろうからね」


「それなら、私に責任は無いですわね」


「この二人にとっては、最悪の事態だっただろうけどね。きっと、自信には完璧なアリバイを用意して、動きやすくするつもりだっただろうから、その前提が無くなってしまった。次の殺人がやりづらくて仕方なかっただろう」


 安全圏から、真っ逆さまに容疑者候補になったのだから、その心情は同情してしまう。

 犯人に同情するのも、おかしな話なのかもしれないけど。


「容疑者候補になったとしても、珠洲さんは殺しておきたい。そんな中で、緋郷が容疑者として挙げられたのは、二人にとって運のいいことだっただろうね」


「サンタは分かっていないなあ。それも、作戦の内だったに決まっているだろう」


「作戦の内って……?」


 警察を呼ばないということが分かって、容疑者を見つけろと言われてから、何か行動を起こしていたのか。


「君が俺を疑うように、珠洲さんに言ったのだろう?」


「……私がですか?」


「一緒にいた君なら、それが可能だったはずだ」


「……何の為に、そんなことをする必要があるんですか?」


 賀喜さんは、とぼけた感じで首を傾げた。

 この姿からは、飛知和さんの陰に隠れていたところなど、微塵も思い出されない。


「容疑者候補である俺が軟禁されれば、珠洲さんに隙が生まれる。それと万が一のために、珠洲さんが容疑者候補にされるのを防ぐためもあっただろうね。だから、誰でも良かったんだろう?」


 緋郷の言葉に、彼女は笑った。


「お見事ですね。その通りですよ。私が飛知和さんに、あなたを疑うように言ったんです」


 清々しいぐらいに自分の非を認め、更に付け足す。


「でも、誰でも良かったわけでは無いですよ。怪しい人じゃなきゃ、信じてもらえないでしょ? あなたは本当に怪しかったので、格好の的だった」


 確かに、緋郷は怪しかった。

 他の人がそこまで怪しくなかったたし、一番怪しくなりそうな来栖さんは最初から候補から除外される。

 そうなると、自然と選ばれる人間が限られてくるというものだ。


 内心で笑っていると、賀喜さんと目が合った。


「別に、あなたでも良かったんですよ。怪しさは同じぐらいでしたから」


 その一言は、完全に余計だったと思う。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る