第24話




「お、おい。あれ、やばいんじゃないか?」


 一緒に事態を見守っていた遊馬さんも、この事態の緊急性に気が付いたのか、声を荒げて立ち上がる。


「そうだね。そろそろ行こうか」


 緋郷のゴーサインも出たので、僕も立ち上がり、二人の元に行こうとした。

 しかし、その足は動かなかった。

 今までしゃがんでいた分、血が足まで巡らなくなったようで、まるで木にでも換え

 られたように、僕の意志が上手く伝えられないのだ。


「ちょ、ま、緋郷っ」


「どうしたの? サンタ?」


「足が、うごかな」


「はあ?」


 緋郷を呼び止め、今の状況を伝えると、本気で呆れた顔を向けられた。

 こういった顔をすることは珍しい、そう思うが今はそんなことを考えている場合ではない。

 こうしている間にも、来栖さん達は確実に海に進んでいるのだ。


「もうごめん。僕に構わず、先に行って!」


「もちろん、そのつもり」


 僕が来栖さん達のことを頼むと、緋郷は言い終わらないうちに、二人の元に向かった。遊馬さんも、それに続く。

 一体どこに、そんな体力を残していたのか。

 そう思ってしまうぐらい、二人の走りは速かった。


 50メートルを、7秒ぐらいで走りそうなぐらい、そのぐらいの速さ。

 緋郷がここまで速く走るところを見るのは、初めてのことである。

 よほどのことではないと、自身の力を発揮しないのか。

 それはあまりにも低燃費過ぎるし、力を発揮するぐらいに今が緊急事態だと分かって、緊張感が高まってきた。


 未だ動かない足のせいで、僕は見守ることしか出来ない。

 緋郷と遊馬さんが、歩いていく来栖さん達の元に走っていく。

 大きな音を立てたせいで、二人は緋郷達の存在に気が付いてしまった。


「こ、来ないでください!」


 僕のいるところまで響くぐらい、悲痛な叫び声。

 来栖さんは、賀喜さんの手を握ったまま、彼女を後ろに隠した。


「もう、私たちのことは放っておいてください! お願いしますから!」


 何度も見てきた二人の様子を見て、既視感を覚える。

 同じような光景を、この島に来るずっと前に見たことがあるような気が。


 緋郷や遊馬さんが、必死に話しかけている。

 きっと行動を止めるように、説得しているのだろう。

 しかし、それを来栖さんは鼻で笑った。


「あなた達に何が分かるって言うんですか? 私と出流の苦しみの、ほんの一部分でさえも分かっていやしない!」


 喉が潰れても構わないとばかりに、彼は叫び続ける。


「もういいんです! 私達の目的は達成されました! 楽にさせてください!」


 その顔からは、生きる気力というものが全く感じられなかった。

 彼は死にたがっている。

 それは、後ろにいる賀喜さんもだ。

 彼女は何も言いはしないが、ずっと緋郷達を恨みをこもった目で睨んでいる。


「誰も私達を救ってくれなかった! だから自分達でどうにかすることしか出来なかった! もう、もう、いいんです! 私たちが生きている意味はありません! 二人で静かに死なせてください!」


 忘れかけていたが、足の感覚が戻ってきた。

 ここは助太刀しなくては。

 勢いよく立ち上がると、緋郷達の元に走った。

 平均的なスピードで、四人の元に向かえば、僕の登場にシリアスな空気が無くなる。


「さ、んたさん……」


「……なんでこのタイミングで来るかな」


「……あれ? 僕、来ちゃ駄目だった?」


 歓迎されていない雰囲気に、僕は戻った方がいいのかと、後ずさりをする。

 心が痛み、胸を抑えると、緋郷が追い打ちをかけてきた。


「サンタは、本当に空気が読めないなあ」


 呆れた様子で言われたそれは、的確に僕の心臓をえぐった。


「……分かったよ。戻ればいいんでしょ」


 助太刀をするために来たのに、完全に邪魔者扱い。

 そんなふうにするのなら、お望み通りに元の場所に戻りますよ。

 僕は完全に拗ねて、先程のところに帰ろうとした。居場所はそこにしかない。


「もう手遅れだし、面倒だからここにいれば」


 しかし、僕がいなくなったとしても、一度無くなってしまったシリアスは戻ってこないようだ。

 大きな息を吐いた緋郷は、僕を隣に呼ぶ。

 逆らわずに隣に行くと、緋郷が空気を切り替えるように、一度手を叩いた。


「よし、仕切り直し。もう一回、始めようか」


 そうしたところで、みんなが簡単に切り替えられるわけもなく。


「……もう、いいです……」


 来栖さんは肩を落とし、そして顔をふせた。


「何なんですか、あなた達は。どうして、そんな突拍子も無いんですか……」


 手で顔をおおった来栖さんは、そのまま大人しくするかと思ったが、勢いよく顔を上げて動く。

 その手の中には、賀喜さんがいる。

 彼女は嫌がることをせず、一緒に走る。


 二人の向かう先には、崖。

 飛び降りる気なのは分かっているが、止めるのには僕達の行動は遅かった。

 僕も遊馬さんも、あの緋郷でさえも、二人を止めようと動こうとした。

 しかし、その誰もが間に合わないのは明白だった。


 誰にも邪魔されることなく、二人は崖まで辿り着き、そして勢いそのままに飛ぶ。


 僕達三人の頭の中に、嫌な想像が浮かんだ。

 二人を死なせてしまうのか。

 届かないのは分かっていて、僕は必死に手を伸ばす。


 頼む、死なせないでほしい。





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