第23話
現在、僕達は何をしているのかというと。
「何で、ここにいるの?」
「全くだよ。カルミアの花のところに行くんじゃなかったのか?」
「君達、静かにして」
灯台が見える近くの木々の陰で、三人でしゃがみ込み、息を潜めていた。
カルミアの花ではなく、見えているのは灯台と、その奥にある海だけ。
何で今、こんなところにいるのかというと。
扉の前から移動した後、僕が掴んでいた腕を逆に掴み返し、ここまで引っ張ってきた。
誰にも見つからないように、気を遣って歩く様子、周りの景色から、おかしいと感じて何度も問いかけたのだが、全く答えてもらえなかった。
そうしてここまで連れてこられて、僕と遊馬さんは素直にここにいるというわけだ。
遊馬さんも素直にここにいるわけは、緋郷がからかっているわけでじゃなく真面目なのが理由だろう。
かくいう僕も、何をする気なのか分からず、そして聞けずにいる。
それでも何度も話しかけようとしているのだが、緋郷は静かにしろというだけで、説明をしてくれない。
何かが起こるまで、ここで待っているしかないわけだ。
どのぐらいで何が起こるのかぐらいは教えてもらいたかったが、言わないということは起きるまで教える必要は無いと結論付けられたのだろう。
自分勝手な人である。
「静かにしていないと、これから失敗する可能性が高いからさ。あまり大きな声で、話をしないでもらいたいんだ」
「分かった。でも終わったら、必ず話をしてね」
「そうだぞ。こんな狭苦しいところに追いやったんだから。説明をきちんとしてもらわなきゃ、やっていられねえぞ」
「はーい、静かにして」
声を潜めても、緋郷にはお気に召さなかったらしい。
人差し指を口元に当てて、また静かにするように注意をしてきた。
僕達は、文句を言わず、言われた通りに口を閉じる。
しかし、何が起きるのか分からないから、ただ待つというのも辛いものがある。
目的の見えないことをするのが、こんなにも大変だとは思わなかった。
それにしても、これから何が起こるのだろう。
灯台が爆発するとか、灯台と同じぐらいの大きさの猫が現れるとか、そういうサプライズが起きるのならば、待っている価値はあるのだけど。
現実的に考えて、そんなことが起きるわけがない。
あと、何分待てばいいのか。
しゃがんでいる足が、どんどん疲れてくる。
座り込みたいけど、音を立てたら怒られそうだ。
仕方なく我慢して、僕は体勢を整えた。
それから十分ほどが過ぎたのか。
足の感覚が無さすぎて、すでに限界を迎えていた。
何とか顔に出さないようにしていたが、もって数分ぐらいだろう。
「ひ、緋郷、まだなの?」
「まだ。静かにしてて」
緋郷や遊馬さんは、まだ大丈夫なのか。
一番若いはずの僕でさえ、こんなにも辛いと思っているのに。
二人共、僕より体力があるのか。
それは、プライドが許さなかった。
そう気力で我慢していたのだが、何事にも無理はある。
もう、無理だ。
音を立てないように座り込もうとしたのだが、その時緋郷の鋭い声が聞こえてきた。
「静かに。来たよ」
その言葉に、疲れていた足を忘れ、僕は視線の先を辿った。
「ん? あれ?」
「静かに」
緋郷に怒られてしまったが、それでも声を出さずにはいられなかったのだ。
灯台の近くに来たのは、来栖さんと賀喜さんだった。
最初は今湊さんを探しに来たのかと思ったけど、その表情が険しいから違うのだと感じる。
「な、にを、しにきたんでしょう?」
二人のまとっているオーラも、ここから見ているだけでも暗い。
絶対に、何か良くないことをしでかそうとしている。
あまりにも不穏なので、僕は話しかけに行こうと立ち上がりかけた。
「サンタ。動くな」
しかし緋郷に腕を掴まれ、それは止められる。
「……でも」
「まだ駄目だ」
緋郷がそう言うのならば、僕は従うしかない。
僕は黙って、またしゃがみ込む。
それにしても、足が限界である。
こめかみを、一筋の汗が伝うのを感じた。
また自覚をすると、痛みが増してくる。
僕は必死に、足のことを意識の外に追いやろうとしていた。
灯台に来た二人は、こちらには聞こえないぐらいの大きさの声で、会話をしている。
その顔つきからは恋人同士の甘さなどかけらもなく、何かに追い詰められていた。
絶対にこのまま見ているだけでは駄目なのに、緋郷の言葉があるから動けない。
まだことが起こったわけでは無いが、僕は歯がゆさから顔を歪めた。
ぽつりぽつりと暗い表情で、話を続けている二人は、やがて口を閉ざしお互いの顔を見つめる。
そしてまた一言二言話をすると、深く頷き合い、ゆっくりと体を寄せた。
その姿は、やはり恋人には見えなかった。
きっとはたから見れば、恋人といわれそうなものなのに。
どうして僕の目には、そう見えないのだろう。
足の痛みのせいで、思考能力がおかしくなっているのだろうか。
二人は一ミリたりとも離れたくないとばかりに、力を込めて抱きしめ合うと、ゆっくりと名残惜し気に離れていった。
その瞳からは、何かを決意した色が浮かび上がっている。
覚悟を決めた二人の行動は、早かった。
手と手を繋ぎ、そして歩き出す。
向かう先に迷いは無かった。
二人が向かう先には、波の荒れる海が、全てのものを呑み込もうと、大きな口を開けて待ち構えていた。
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