第25話



 来栖さんと賀喜さんの体が、宙に浮く。

 後は、そのまま海に落ちるだけだった。

 落ちていけば、運が良ければ大怪我、運が悪ければ死。

 二人の望みは後者なのかもしれないけど、それを許せるわけがない。



 僕が伸ばした手は、空を切る。



 しかし、来栖さん達の体が、海に投げられることはなかった。

 突然どこからか現れた大きな網が、二人の体に巻き付き、すくい上げ、海に落ちるのを阻止したのだ。


 それはもう、一種のパフォーマンスとも思えるぐらいの手際の良さで、僕は腕を伸ばした格好のまま呆然と固まる。


「えっと……」


 これは、どういうことなのだろう。

 来栖さん達が助かったのは良かったが、意味の分からない出来事が起こりすぎて、脳みそが処理を拒否してしまっている。


 自殺をしようとしていたのが本気なのは、網の中で、目を白黒とさせている二人の姿から察せられる。

 それなら僕達以外の誰かが、これをやったということだ。


 一体誰が、こんな大掛かりな仕掛けを。

 頭のどこかでは分かっていた。

 この島で、そんなことが出来るのは限られている。

 しかし、どこかで嘘だろうとも思っていたのだが。


「だから言ったでしょうう」


 緊張感に欠けた、のんびりとした声。


「りんなお嬢様は、もう誰も死なせないってえ」


 どこから、いつから、そこにいたのか。

 春海さんを後ろに引き連れた今湊さんが、僕達のすぐ脇で、胸を極限までそらして立っていた。

 これから、リンボーダンスでも始めるみたいだ。

 そのなんとも間抜けな姿に、僕は混乱とかがどうでもよくなり、肩の力が抜けた。


「どういうこと、ですか?」


 この状況の説明をしてもらわなくては、夜も眠れない。


「どういうこととは、何でしょうかあ?」


 しかし今湊さんは、なぜ僕が質問をしたのか分かっていないようだ。

 首を傾げて、春海さんの方を見る。

 春海さんも春海さんで、一緒に首を傾げた。

 まるで僕がおかしいといった様子だが、僕の疑問はもっともなものだと思う。


「どうして、網が出てきたんですか?」


 まずは、一番の疑問。

 来栖さん達の命を救った網は、どこから出てきて、いつから用意されていたのか。

 答えによっては、更に疑問が増える。


「ああ、それですかあ」


 もしかしたら、はぐらかされると思ったのだけど、今湊さんは特に困った様子は無い。

 しかし、自身で答える気も無いみたいだ。

 春海さんが一歩前に出て、答え始める。


「これは、来栖様達を助けるために設置されたものではございません。元々は、侵入者を捕らえるために設置したものでございます」


「侵入者を? でも、何でそれが発動したんですかね?」


 来栖さん達は、崖から飛び降りようとしたのだ。

 普通は、外から入ってきたものに反応して動くのではないのだろうか。


「それは私にも分かりかねます。何しろ、崖から飛び降りようとした方は、初めてでございましたので。それだけ、センサーが優秀に反応したということでしょう」


「さすがですね」


 きっと、最新鋭の設備で揃えているからだ。

 そのおかげで、来栖さん達は助かった。


「そうなんですよお。凄いんですよお」


 何で今湊さんが嬉しそうにするのかは分からないが、彼女の言う通りでもあったわけだ。

 りんなお嬢様は、もう誰も死なせない。

 緋郷の予想は外れてしまった。


「いや、半分当たって、半分外れた感じだね」


 まるで僕の考えていることが分かっているかのように、緋郷が話しかけてきた。


「何が?」


「外れたのは、人が死ぬってこと。当たったのは、それが犯人ってことだね」


「は、犯人?」


 来栖さん達が、犯人?

 僕はその考えに至らなくて、とにかく驚いてしまう。


「え? サンタ、分からなかったの? それじゃあ、なんで、この人達は死のうとしたと思ったのさ」


「な、何か勢いで? 人生に悲観して?」


「本当にそう思っている?」


「いいや」


 自分でも言っていて、おかしいと思った。

 自殺をしようとしている衝撃のせいで、理由を考えている余裕が無かったのだ。


「来栖さん達が、犯人……」


 衝撃を受けているのは、どうやら僕だったらしい。

 きっと僕が遠くにいた時に、犯人だと告げていたのだろう、遊馬さんは全く驚いていない。

 今湊さんと春海さんも二人が死のうとしていた時点で、何となく察していたようだ。


 網の中でしばらくもがいていた来栖さん達は、逃げるのは不可能だと諦め、今はぐったりとしている。

 二人の手は未だに繋がれていて、それぐらい離れがたいのだろう。


「もしかして緋郷は分かっていて、ああ言ったの?」


「んー?」


 わざわざ扉の前で次にどこに行くのかを話したのは、二人が行動をしやすくしたからで、頑なに犯人の名前を言わなかったのは、犯人が来栖さん達だったからか。


「犯人が分かったって言っていた時、本当に犯人が来栖さん達だと分かっていたの? ハッタリとかだったの?」


 来栖さん達をあぶりだすために、わざと犯人が分かったとハッタリをかましたとしたら、僕は緋郷に対して軽蔑の感情を抱いてしまう。


「いいや。本当に分かっていたよ。だから言っただけ。自分から正体を現してくれて、ラッキーだったけど」


 緋郷は緋郷のようで良かった。

 僕は、安心する。




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