第18話
「……おかえりと言って、抱きしめるか……」
僕のアドバイスに、遊馬さんは考え込んでしまった。
今まで夕葉さんに対し、そういうことをしたタイプには見えなかったので、どうすればいいのか戸惑っているのだろう。
「今は出来なさそうでも、きっと見つかったら、自然と体が動きますよ」
「……そういうものか?」
「そういうものです」
「分かった」
自身の手を見つめ優しく微笑んだ彼なら、きっと出来るはず。
僕は、何となくそう思った。
「鷹辻さん達は、これからどうするつもりですか?」
「ん? そうだな! もう一度、鳳さんと飛知和さんの部屋を調べてみようかと思ったんだ!」
「おお、良いですねえ。それは僕達もご一緒しても?」
「いいと思う! な?」
「うん、いいよお」
「俺も別に構わない」
勝手に話を進めて悪いと思うが、来栖さん達も緋郷も反対しない自信はあった。
「そういえば、あまり見られなかったから、調べに行きたいと思っていたんだ」
「私も、皆さんについて行きます」
「私もです」
予想通り、三人は何も言わない。
僕はそれをいいことに、さらに無茶ぶりをしようとしたが、言うことが無かったので止めておいた。
これから先の予定がたったので、千秋さんと冬香さんの方を見る。
「あの、今言ったように僕達は合流して調査することにしたので、付き添うのはどちらでも構わないですよ」
「……ですが……」
「また別行動をする時は呼びますんで、りんなお嬢様のところに行ってください」
「……ありがとうございます」
僕の気遣いを感じとってくれた千秋さんは、頭を深く下げて、部屋から出て行った。
「ありがとうございます、サンタ様」
「……何のことでしょう。僕は仕事がたくさんあって、忙しいと思っただけですよ」
「それでも、お礼をさせてください」
彼女が部屋を出てから、冬香さんもお礼を言ってきた。
僕は照れ臭くなって、とぼけてみたが、優しく笑われ大人な対応をされてしまった。
「えっと、それじゃあ、部屋を調べに行きます?」
分かっているという感じがいたたまれず、僕はわざと大きな声を出した。
「そうだな! 早く見るに越したことはないはずだ!」
場の雰囲気を、完全に読みとっていない鷹辻さんが同意してくれたおかげで、僕はそのまま立ち上がり扉に向かうことが出来た。
そして緋郷を呼ぼうとして、真後ろにいたので驚く。
「何しているの? 早く行こう」
「う、うん。そうだね」
好きな人に関しては、とことん行動的なのを舐めていた。
何故か僕が急かされてしまい、何となく変な感じになりながら、部屋を出る。
他の人も後に続き、別館に行くと、まず近い場所にある飛知和さんの部屋に入った。
先程入った時とは違い、大人数なので、部屋が少し狭く感じる。
しかし二手に別れることは出来ず、少し窮屈に感じながら、調査をするしかなかった。
「えっと、大丈夫だとは思いますが、物は壊さないように気をつけましょうね」
こんなにも人数がいるから、一応注意をしておく。
冬香さんは扉の脇の邪魔にならないところに控え、僕達はそれぞれ調査を始める。
僕は、もちろん緋郷に近寄った。
「やっぱりいいなあ。でも人数がいるから、珠洲さんの匂いが薄くなっちゃう」
相変わらず気持ちの悪いことを言っていて、通常運転だと安心してしまう。
これこそが緋郷だと、僕は嬉しく思った。
「ああ、そうだ。これが、飛知和さんの部屋に残っていた紙ですね」
そのままだから放置しておいて、僕はテーブルの上にあった紙を手に取る。
「これが……確かに、俺の名前が書いてあるな!」
「それは、私が用意したものです」
僕達のアリバイや怪しさ度合いを表にしたそれは、賀喜さんが作成したものだったようだ。
確かに、定規を使って丁寧に書かれているそれは、彼女が作りそうなものである。
「申し訳ありませんが、飛知和さんは私達以外の誰かが犯人だと考えていました。それで、死ぬ前まで犯人が誰かと、これを使って推理していたみたいです」
「そうなんですか」
意外に、探偵として頑張っていたんだな。
僕の前では、ヒステリーなところしか見てこなかったから、新たな一面である。
今分かったとしても、これから必要になることは無い。
「あの方は、真面目な方でしたよ。自分に与えられた仕事は、きちんとこなそうとしていました。人に流されやすいところはありましたが、それは純粋だったからです。実行力もあり、今まで培ってきた経験もありました」
賀喜さんは、そこで目を閉じた。
それは涙をこらえているようであったし、別の何かの感情を押し殺しているようにも思えた。
「飛知和さんは、一人では生きていけない人でした。だから、私は一緒にいました。あの人に頼られることが嬉しくて、本当は一緒にいては駄目でしたけど、今までずっといたんです」
彼女は、何度かまばたきをした。
「彼女が死んで、そして殺されて、私の一部分が欠けたようでした。それぐらい、一緒にいすぎていたみたいですね。私は、きっと誰かに寄生しないと生きていけない」
その目からは、一筋の涙も出てこなかった。
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