第17話




 緋郷の師匠である伝説の探偵の人が、この島に来た時も何かしらの事件が起こった。

 そして今、その弟子である緋郷が、この島に来て殺人事件が起きている。

 これは、ただの偶然か、それとも必然なのか。

 何だか作為的なものを感じるけど、二人の関係性は先ほど分かったばかりなのだから、本当に偶然なのだろう。


「そうか。あの人もやるねえ。どうせ簡単に解決したんだろうね。それで、きっと、誰かを助けんだ。でも本人は、それが凄いことだなんて思っていない。どうせ、名声はどうでも良いって言ったんだろう?」


「ええ、そうですね。誰にも知らせない方が、関係者のためになるとおっしゃいました」


「冬香」


「あっ、な、何でもございません」


 恍惚とした表情の冬香さんは、千秋さんにたしなめられて、慌てて口元に手を当てた。


「はは、やっぱりね。でも、あの人は何故か有名になっちゃうんだよね。本人はどうでも良いと思っているのに、周りが放っておかないんだ。それで、有名になったのを、周りが馬鹿になったからだって言う」


 昔を懐かしんでいる緋郷は、僕にとっては好ましいものではない。

 その顔をさせておきたくなくて、僕は彼の肩を思わず掴んでしまった。


「ん? どうした? サンタ?」


 こちらを向いた彼は、いつも通りに戻っていた。

 僕はそれに安堵しつつも、狭量な自分に嫌気がさしてしまう。


「何でもない。いいよ。話の続きは?」


 わがままで、緋郷の昔の話が出来ないのはもったいない。

 そう考えて話の続きを促したのだが、彼は軽く笑った。


「んー。話は終わり。僕だって、長く一緒にいたわけじゃないからね。そんなに覚えていることは少ないよ。今はいない人なんて、話をしても無駄だろう? それに、もう疲れたよ」


 これ以上、話をする気は無いらしい。

 口を閉ざしてしまった彼は、目まで閉ざした。


「……えっと、それじゃあ、他にも面白い人は来ましたか?」


 話が終わってしまったのは、僕のせいである。

 だから責任を取って、話を回すことにした。


「うーん。一番凄かったのは、その人なんだけどね。後は、そこまで面白い人とかはいなかったと思うけど」


 それは残念。

 もう少し面白い人がいれば、話が盛り上がったのだが。

 期待しすぎたのが悪かったか。


「ああ、でも。一人だけ、何か引っ掛かる人がいたんだよね。何か一瞬あれっと思ったんだけど、すぐにその気持ちが消えたからきっと気のせいかな」


「それが誰かも分からないんですか?」


「うん、パラパラってページをめくっていた時だったから。何に引っかかったかは、分からないんだよね。ごめんね」


 その引っかかった人は、どういう理由で引っかかったのか。

 調べるのには、この屋敷に来た人を全て調べなければならない。

 そんな、途方もない作業をする時間はすでに無かった。


「それじゃあ、仕方が無いですね」


 その、気になったという何かが、今回の事件に関係しているとは思えない。


「えっと、夕葉さんについて、他に何か分かったことはありますか?」


 話題を間違えたかもしれない。

 しかし、他にする話なんて思い当たらなかった。

 僕は遊馬さんを見て、後悔してしまう。


「いや、この島に来ていたことだけは分かった。特にこれといった事件は起こらず、一週間の滞在を終えたとだけ。そこからの足取りは、書かれていなかった。まあ、当たり前か。いちいち、そんなのを記載していたら、膨大な量になっちまう」


 彼からすれば、この島を出てからの足取りも、記載しておいてもらいたかったのだろう。

 それが分かれば、夕葉さんについての足取りが掴めたかもしれないのだから。


「遊馬さんは、この島から出たら、どうするつもりですか?」


「ああ? そりゃあ、夕葉を探すに決まっているだろう。俺の娘なんだからな」


「そうですか」


 何の手掛かりも無い中で、これからも探し続けるのは、砂漠の中で一粒の宝石を探そうとしているぐらい無謀なことである。

 それは彼自身が、一番分かっているのだろう。


 しかし、分かっていても探すのを諦めたくないぐらい、夕葉さんの存在が大きいというわけだ。

 どうして、それなら連絡を絶ってしまったのか聞きたいが、きっと失ってから大事なことに気付いたというオチなのだろう。

 大切なものは、囲って逃がさなければ離れることは無い。


 みんな、そういうところは、ぬるすぎるのだ。


「もしも夕葉さんが見つかったら、どうするつもりですか?」


 遊馬さんは、そこで黙った。

 もしかして探すことだけに夢中で、見つかったあとにどうするのか、考えていなかったのだろうか。

 長い時間がかかっているから、目的を見失ってしまっているようだ。


「俺は……そうだな……」


 どうすればいいのか全く想像がつかず、困ったように視線をさまよわせている遊馬さんに、僕は質問をした負い目からアドバイスをすることにした。


「遊馬さん、そういう時にすることは一つです」


「何だ?」


「まずは、おかえりと言って抱きしめてあげるんです」


 夕葉さんが、遊馬さんのことを好きであれば、最初はそれだけでいいはずだ。

 僕にしては、まともなアドバイスが出来たと思う。





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