第19話
これ以上、賀喜さんと話をしていると、こちらの精神状態がおかしくなりそうだ。
僕は逃げるようにして、遊馬さんの元に突撃した。
「遊馬さん! 何か分かりましたか?」
「ん? ああ?」
最初の印象から随分と変わったから、話しかけやすくなった。
それは他の人にも言えることで、もし鳳さんや飛知和さんが生きていたら、同じようになっていたのかと考える。
いや、彼女達は元から自分をさらけ出していたので、生きていたとしても、申し訳ないが仲良くはなれなかった気がする。
遊馬さんは、夕葉さんのことを前面に出したからか、最初のチンピラ風がすっかり消えていて、渋いオジサンぐらいにはレベルアップしていた。
そこにプラスで父性もついているので、多少言動は荒いが、気のいい良い人だというのが感じられる。
「そうだな。お前の雇い主の兄ちゃんが、三時ぐらいに争っているような物音を聞いたんだよな」
「はい。そういうことは耳に入る、限定的な地獄耳なんで」
「サンタあ、何か言った?」
「……こんな感じで」
緋郷の耳の良さを実践的に目の当たりにした彼は、腕を組んで唸る。
「この部屋は、誰かが片付けたのか?」
「いえ。そういう話は聞いていませんが」
「それにしちゃあ、随分と綺麗すぎやしないか?」
辺りを見回した彼につられ、僕も一緒に部屋の中を観察する。
言われてみれば確かに、部屋の中は多少物が溢れているが、荒らされた形跡はない。
ここで殺人が行われたというのは、部屋に死体があったことと、緋郷の証言が合わさって導き出された答えだ。
実は別の場所で殺されていました。
そう言われても、納得出来てしまう。
「綺麗なのは、綺麗です」
「そうだろう? 兄ちゃんには悪いが、本当にこの部屋で殺されたのか?」
「それは確かだと思いますよ」
僕の言葉を、遊馬さんは納得していないようだった。
「でもよお、確かに物音を聞いたのかもしれないけど、それは本当に殺している時のものだったのか?」
「……と、言いますと?」
「ここに死体を運んでいる時の物音と、勘違いしたっていう可能性は考えられないか?」
彼の言い分は、確かに一理あったのかもしれない。
僕と緋郷以外の人に言っていれば、きっとその可能性もあると受け入れられただろう。
しかし残念ながら、僕は知っている。
「それは無いですね。緋郷の耳が、そこまでの違いを聞き分けら、れないとは思いません。申し訳ないですけど僕は緋郷を信頼しているので、遊馬さんの意見には反対させてもらいます」
緋郷が殺人を行っていたというのだから、それは絶対である。
疑うことなんて、するのも馬鹿らしい。
「そ、そうか。そこまで言うんだったら、間違えていないのかもなあ」
疑いの眼差しを向けられるかと思ったら、意外にも僕の意見は受け入れてくれるようだ。
「もしそうならよお、どうしてこんなに部屋が荒れていないんだろうなあ」
「それは、色々な考えがありますね」
「例えば?」
ここまで来たら、考えを何個か披露しないと、完全に納得してくれないだろう。
僕は頭の中に浮かんだ順に、特に何も考えずに口に出す。
「そうですねえ。殺害の際に、そこまで部屋が荒れなかったとか」
「そうだとしたら、下に響かないだろう」
「知り合いだったので、油断している時に後ろから刺したんです。それで、刺された飛知和さんが、倒れた音が聞こえてきたとか」
「いい考えだな。他には?」
まだ意見をお望みか。
楽しくなってきたので、僕もノリノリで答えるのだけど。
「それじゃあ、犯人が片付けをしたとしたらどうでしょう。飛知和さんが暴れて部屋は荒れたけど、ある程度整えておいたんです」
「何でそんなことをする必要があったんだ? 誰が来るかなんて分からない中で、そんな悠長なことは出来ないだろう?」
「そういう焦りがどうでも良くなるぐらいに、綺麗好きだったんです」
「だから悠長に掃除したってか。まあ、人間は突拍子もない行動をする時があるからなあ。違うとは言い切れん。……他にはあるか?」
まだ欲しがるか。
欲しがり屋さんだな。
「それじゃあ、犯人が複数だったらどうでしょうか? 二人で行えば、暴れられてもなんとか対処ができますよね」
「あー、確かにな。それなら、何とかなる部分の方が多い。暴れたような音が聞こえても、部屋が荒れないという状況になる可能性も高いな」
もう他には絞り出せないぞと、考えだした最後の意見は、彼の中で一番納得のいくものだったらしい。
何度も頷いて、そして頭を撫でてきた。
「しかし、一つだけ問題がある」
言動が一致していない。
僕は素直に撫でられながら、首を傾げた。
「問題? どんなですか?」
「もし複数の犯行だったら、素直に部屋に入れると思うか? 人が一人死んでいる状況の中で、犯人を推理しようとしていたんだろう? そんな時に、一人ならまだしも、二人以上の人を部屋の中に招き入れないはずだ」
「ああ、なるほど」
飛知和さんは鳳さんが殺されたことによって、自身が殺されるかもしれないと、心のどこかでは恐れていたはずだ。
そんな不信感の中で、確かに何人もの人を部屋には入れるはずはない。
いい考えかと思ったのだが、どれも今一つだったか。
「まあ、色々と考えを出してもらってありがとうな。いい推理だったと思うぜ」
そのまま、また強く頭を撫でられた。
まるで本当の父親に褒められたみたいで、僕はむずがゆい気持ちになった。
本当の父親に、こんなことをされることが、絶対にないからこそかもしれない。
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