第13話




 大広間に行くと、ちょうどお昼の時間だったからか、鷹辻さん達がいた。


「ああ、どうも」


 勢いよく扉を開け放ったせいで、注目が集まってしまったが、今の僕のメンタルはいつもより強い。

 何かあったらとりあえず笑っておけ精神で、笑顔の安売りをしておいた。


「鷹辻さん達もお昼ですか?」


「あ、ああ!」


 それぞれの前には食事が置かれているので、どう考えても昼食なのだが、話題作りとして聞いておく。


「サンドイッチですか。いいですね。僕もちょうど食べたいと思っていたんですよ」


「あ、ああ、そうなのか! えっと、それなら、食べるか?」


 ずっと笑顔でいれば、何故か鷹辻さんは僕に自分の前に置いてあるサンドイッチを渡そうとしてきた。

 しかしそれは鷹辻さんの分なので、遠慮をしておく。


「サンタ様はサンドイッチですか。他の方々は、何がよろしいでしょうか?」


「私達もサンドイッチで」


「俺もそれがいいな」


「かしこまりました」


 みんなそこまでお腹が減っていなかったようで、千秋さんにサンドイッチを頼む。

 注文を聞き終えた彼女は、おそらく冬香さんが待っているであろう厨房に消えていく。


 立っているわけにもいかないから、僕達はそれぞれの席に座った。


「鷹辻さん達は、何をしていたんですか?」


 サンドイッチだから、早めに出来上がるだろうけど、無言というのも気まずいので話しかける。


「あー、えーっと、俺達は図書室に行っていたんだ!」


「そうなんですね。何かを調べにですか?」


「ああ! この島に来た人達に関して、四人で調べていたんだ!」


「この島に来た人達についてですか?」


「そうだ!」


 それを調べたかったのは、きっと遊馬さんだろう。

 気をつかって、付き合ってあげるなんて、とても優しい。


「いーっぱい本があって、とっても楽しかったよ! あんなにあったら、読み終わらないよね!」


「そうですよね。確かに、あれを全て読もうと思ったら、いくら時間があっても足りないですよね」


「絵本から、小説、教科書で見たことがあるような資料まで、用意できないものはないんじゃないかってぐらい、たくさんあった!」


 たくさん本があって、ここに住んでいる人は、羨ましすぎる。

 あの本を全部読んだ人なんていないだろうけど、あれを読むことが出来れば、この世界の全てを知られる気がする。冗談ではなくて。


「それで、何か分かりましたか?」


「うーんとね、この島には、今まで色々な人が来ていたんだなって分かった!」


「例えば、どんな人か教えてもらってもいいですか?」


「凄いんだよ! 伝説の探偵、って言われていた人が来たみたいなの!」


「伝説の探偵?」


 世間に疎いのは承知なのだが、伝説の探偵という言葉を初めて聞いた。

 そんな人が、本当に存在しているのか。

 この島に来た人なのだから、老人でない限り、今も生きているはずだ。


「そうだよ! お兄ちゃん、もしかして知らないの?」


「えーっと、恥ずかしながら……ちょっと存じ上げませんね」


 信じられないものを見ているような視線を向けられて、僕はまたあいまいに笑っておいた。

 それにしても、伝説の探偵とは。

 僕だったら耐え切れないぐらい、恥ずかしい二つ名である。

 とても興味がわいてきたので、更に詳しく話を聞こうとしたのだけど、残念なことに厨房の扉が開いてしまいタイムアップとなってしまった。


「こちら、玉子サンド、ハムときゅうりサンド、ツナサンド、照り焼きチキンさんど、トマトとチーズとレタスサンドです。要望がございましたら、他にもお作りいたしますが」


「いやいや、十分ですよ。この短時間で、こんなにも作ってくれるなんて。しかも、どれも美味しそうですね」


「いたみいります」


 きっと、千秋さんと冬香さんの二人で作ってくれたから、早く出来たのだろう。

 それに、鷹辻さん達に作った時の分も、余っていたはずだ。

 そういうことを考えたら、ありがたく思えなくなってしまう。

 余りものなんかじゃない。一生懸命、作ってくれたものだ。


 僕は皿の上にのった、綺麗に並べられて、食べやすそうにカットされたサンドイッチを手に取る。

 何も考えずにとったそれは、玉子サンドだった。

 サラダにするタイプのもので、言い方は悪いけどシンプルである。

 だからこそ逆に、美味しいか不味いかがはっきりと分かれてしまい、ハードルも上がってしまう。


 しかしハードルを上げたとしても、絶対に大丈夫だという自信があった。

 僕は大きく口を開けて、サンドイッチにかぶりつく。


「おいし……」


 一口食べただけでも、その美味しさは分かった。

 口から勝手に言葉が飛び出て、このサンドイッチを拝みたくなる。

 ゆでたまごの触感と風味を残し、コショウやマヨネーズ砂糖が絶妙な割合で加えられている。

 これを食べたら、もう他のサンドイッチは食べられない。

 この言葉は、決して過言ではない。


 玉子サンドイッチを二口ほどで食べてしまうと、まだ口に残っている状態なのに、次に手を伸ばす。

 ゆっくり味わって食べたいとは思うけど、体が勝手に動いてしまうのだ。


 サンドイッチの虜になってしまった僕は、すっかり頭の中から伝説の探偵についてのことなど忘れてしまっていた。




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