第14話
「そういえば、伝説の探偵って何なの?」
サンドイッチを食べ終え、落ち着いていた時、緋郷が唐突に言った。
それで、僕は伝説の探偵について話を聞こうとしていたのだと、思い出す。
忘れてしまったのは、僕のせいじゃない。美味しいサンドイッチのせいだ。
「そうですね。話が途中になってしましたからね」
僕は責任をサンドイッチに転嫁して、表面上は忘れていなかったふりをする。
「ああ、二人共知らないの? え、他に知らない人はいる?」
最後のサンドイッチにかぶりついた槻木さんは、パンのくずを口元につけながら、心配そうな顔で他の人を見渡した。
しかし、誰も手をあげないのを見て、安堵の息を吐く。
「良かった。そうだよね。知らないわけがないよね」
伝説の探偵とは、そんなに有名な人だったのか。
まさか遊馬さんまで知っているとは思わず、僕は彼のことを凝視してしまう。
「あ? 何だ? 俺も知っているからな。というか、探偵をやっていて知らない奴がいる方が驚きだ」
目が合えば、馬鹿にしたように笑われた。
何だか、凄く嫌な気分である。
「それは、ぜひ教えてもらいたいですね。伝説の探偵なんて、どんな伝説を作り上げて来たのか」
「それじゃあ、僕が教えてあげる!」
「はい、ぜひ」
槻木さんは、そこまで僕を馬鹿にするわけでは無いので、教えてもらうのも嫌ではない。
それに、伝説の探偵に、興味があるのは確かなのだ。
「伝説の探偵っていうのはね、十年前ぐらいかな……そのころに、全国で活躍した人なんだよ。それはもう凄くてね、分身でもしたんじゃないかってぐらい、たくさんのところで依頼を受けては、その全てを解決に導いたっていう話」
「凄い人ですね。本当に存在していたんですか?」
「僕もそう思ったけど、実際にあった人がいるからね。存在は本当だったらしいよ。行ったことは、全て本当かどうか分からないけど」
「まあ、噂になるぐらいですからね。そうなるぐらいのことは、きっとしてきたんでしょう」
遊馬さんの話が本当であれば、探偵を生業にしている人で知らない人はいないらしい。
そうなるには、それ相応のことをしなければおかしいだろう。
「それで、その人は今どこに?」
「うーん、それがねえ、一年ぐらい活躍したと思ったら、ある日急に姿を消しちゃったんだよね」
「姿を消した? 亡くなったんですか?」
「ううん、死んだんじゃないんだよね。煙のように消えて、それ以降は一切表舞台で名前を聞くことは無くなっちゃったの」
「それは……」
伝説になりそうなキャラ付けである。
そんなに話題になりそうな人を、今まで全く知らなかった僕達の方が、変なのはこれで分かった。
「表舞台で話を聞かないのなら、裏で暗躍しているということですかね?」
「それは分からないよ。色々と噂は飛び交ったけどね。後継者を育てることにしたんだ、とか。恨まれて監禁されてしまったんだ、とか。探偵という職業に嫌気がさして仙人のように山にこもってしまったんだ、とか。そんな感じで色々。でもどれも、噂の域からは外れなかったけどね」
「それじゃあ、今は会えないということですか。一目見てみたかったから、残念です」
「僕も見たことは無かったけど、会った人が言うには、とても凄い人だって聞いたよ。何か年齢不詳で、まるで覇王のようなオーラがあって、カリスマ性抜群、容姿端麗、頭脳明晰、文武両道。まさに神様に愛された、奇跡のような人だったって」
「……はあ」
それは言い過ぎではないか。
彼が言うぐらい凄い人がいたら、探偵を止めてからも噂にはなりそうなものだけど。
覇王なんて、ここは世紀末でもあるまいし。
今、誰もその後を知らないということは、最悪の状況しか考えられない。
「あの人が今もいれば、たぶん探偵なんて職業が無くなっていただろうから、僕達にとっては良いんだか悪いんだか分からないけどね。探偵の仕事は、一人いれば十分ってぐらい一年の間でも働きまくっていたから」
「社畜精神ですかね?」
「どうなんだろう。事件を解決するのが楽しい、快楽主義だったのか。それとも、人々が苦しむのを見ていられなくて、全てを解決していたのか。もしそうだとしたら、性格まで素晴らしいことになるけど。真相は本人にしか分からないからね」
「まあ、そうですね」
会ったことも無い僕達で、予想のような話をしていたって意味が無い。
本人に一度ぐらい会わないで、その人となりが分からないのは当然のことだ。
本当にいなくなっていなければ、お目見えしたいものだったが。残念で仕方ない。
「仕方ないけど、僕の周りには会ったことがいないから、これぐらいしか分からないんだ。ごめんね」
「いえ、仕方が無いですよ。僕に至っては、存在すらも今まで知らなかったんですから」
「それはそれで凄いけど。よく知らなかったよね。三人は知っていたんでしょ?」
「ええ、とても有名な方でしたので」
「俺も。会ったことは無かったけどな」
「私も何となくですが知っています」
この中で、誰も会ったことが無いのなら、これ以上その人については知れないか。
そう思ったが、僕は何故この話題になったのか思い出した。
「千秋さん、冬香さん、その人がこの島に来たんですよね?」
その伝説の探偵とやらは、この島に来ていたんじゃないか。
僕は更に詳しい話が聞けると、期待を込めて脇に立つ二人に尋ねた。
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