第12話



「ひ、緋郷……」


 文句を言いたいことはあったが、僕はぐっと飲み込む。


「いつから起きていたの?」


「いつからだろうね」


 誤魔化されたということは、だいぶ前から起きていたのだろう。

 僕の話を聞いていて欲しくないけど、どうなのかは様子から見て全く読み取れない。

 こういう時、絶対に顔に出さないタイプなのは、とてもずるい。


「それよりも、サンタは女心が分かっていないな。今までの話から、もう少し気をつかってあげないと駄目だろう?」


 僕が悪いのでぐうの音も出ないが、それでももう少し言い方というものがあるだろう。


「そう、ですね。千秋さん、デリカシーが欠けていましたよね。すみません」


「いえ。私は気にしていませんので、そんなに落ち込まないでください」


 これ以上謝っても、千秋さんを困らせるだけなので、僕はいいと言ってもらったのを素直に受け取る。


「それよりもお腹が減ったから、早く屋敷に戻ろうよ」


 こういう時ばかりは、緋郷の空気の読めなさも救いになった。

 僕は拝みそうになりながら、未だに膝の上にいる彼をどかそうとする。


「もう少しだけ、このままでいさせてよ。思ったより、サンタの膝は心地がいいんだ」


「はい? ちょ、ちょっ?」


 しかし動こうとはしてくれずに、何故か頭をぐりぐりと押し付けられた。

 なんでそんなことをされるか分からず、僕は周囲を見る。

 今度は賀喜さんを含めて、三人から生あたたかい視線を向けられていた。


 どう考えても、悪いのは緋郷である。

 僕は被害者なのに、何故こんないたたまれない気持ちにさせられているのだろう。

 頭を落としてもよかったが、一応屋外なので止めておく。

 土だらけにしたら、大変なのは僕なのだから。


「ひーさーとー」


「あと五分」


「それ、絶対に守れないやつだろ」


 頑なに膝からどかないので、もう諦めた。

 それなら、満足するまで勝手にしてくれ。

 僕は力を抜いて、ベンチの背もたれによりかかった。


「サンタ」


「……何?」


「頭を撫でてくれない?」


 もう、どうにでもなれ。

 僕は悟りの境地に至って、無心で緋郷の頭を撫でる。

 先ほどまでは感触を楽しんでいたが、今はそんな余裕もない。

 それでも、出来る限り丁寧に手は動かした。



 そうして五分以上は経った頃、緋郷が軽く身じろいだ。


「ありがとう。もういいよ」


 まだ撫でられたそうな感じだったが、僕の手は既に限界を迎えていたので、ありがたくやめさせてもらう。

 緋郷は少しだけ不満そうな顔で、ゆっくりと膝の上からどいた。

 そうすると血流が良くなり、足が痺れ始める。


 これは、すぐには起き上がれないな。

 僕はあまり動かないようにして、痺れを取ろうとする。


「どうしたの、サンタ。えい、えい」


 しかし、緋郷は僕の体の不調を気にせずに、僕の太ももを指で突っつく。


「や、止め、緋郷、馬鹿っ」


 まだ回復していないので、ものすごく辛い。

 僕の反応が面白かったのか、緋郷は楽しそうにつつくのを止めない。

 こんな風にやり取りをしていると、バカップルじゃないかと思われてしまいそうなので、僕は彼の体を遠ざけた。


「いい加減にしろっ」


 そこまで怒ってはいないけど、強く言っておかないと更に調子に乗ってしまいそうだ。


「えー」


 嫌々ながらも、緋郷は素直に離れた。

 これで、バカップルだとは思われないだろう。

 安心して、痺れも無くなってきたので立ち上がれば、来栖さんと視線が合う。


「だ、いじょうぶです。分かっていますから」


 何が、分かっているのだろうか。

 何も分かっていない彼に、僕は何も答えられず笑っておいた。


 とにかく美味しいものを食べて、楽しいことだけを考えよう。

 僕は気持ちを切り替えて、他の人達を先導する。


「それじゃあ、屋敷に戻りましょうか!}


 もうどう思われようと、この島限りの関係性なのだから、どうにでもなれだ。

 考えを放棄して、僕はスキップするぐらいの勢いで歩く。

 その後ろを、緋郷がついてきているのが分かった。

 そして僕の隣に並んでくる。


「どうした?」


「ん? 何となくかな。たまには、こういう風に歩くのも良いものでしょ」


 緋郷は、僕達がそういう関係性なのだとにおわせたいのだろうか。

 先ほどから、いつもより距離感が近くて、何だか気味が悪すぎる。

 僕は顔をひきつらせ、何を考えているのか分からない緋郷に、距離を置こうとする。


 しかし、僕が逃げれば、その分緋郷が近づいてきた。


「な、何?」


「んーん。何でもない。こうすれば、安心してくれるかなって」


「何を?」


「それは、教えない」


 また、緋郷の気まぐれか。

 これにいちいち反応を返したり、深く考えたりしたら、頭がこんがらがってしまう。


「それなら勝手にすれば」


「言われなくても、勝手にするよ」


 好きにさせておけば、楽しそうに体を更に寄せてくる。

 微かに触れたところの温度が、思っていたよりも不快じゃなくて、僕の口元は自然と緩んだ。


「……サンタは、ちゃんとみていないと、すぐにネガティブになるからね」


「……何か言った?」


「いいや、別に」


 緋郷の言葉は、実際は耳に入っていた。

 しかし気恥しさがあり、聞こえないふりをしたのだけど。


 最初から、寝たふりをしていたというわけだ。




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