第10話
僕の拒絶を悟った二人は、望んだ通りに緋郷の話をしてくれるようだ。
「相神様は、元々こういった方なのですか?」
「そうですね。僕が出会った時には、すでにこんなんでしたよ。殺された人がいたら好きになっていたし、それ以外にはほとんど興味を向けないし。人間として、今までよく生活ができていたな、とそう思いました」
「何か、トラウマがあったのでしょうか?」
「そういうわけじゃないですよ。何不自由なく生活していて、親にもまあ愛されていました」
その愛は表面的なものではあったが、人格を歪めるほどのことではなさそうだった。
だから、緋郷はなるべくしてこうなった。
天然物である。
「緋郷は自由で、好きなように生きています。とても羨ましいぐらいに」
好きなように振る舞うことは、そう簡単なことではない。
周囲の目もあるし、気持ちが強くなければ無理だ。
「……どのような経緯で、一緒にいることになったのか、お窺いしても」
先程の拒絶があったからか、少し言いづらそうではあったが、それぐらいであれば特に嫌だとは思わないので安心して欲しい。
「僕が頼み込んだからです。一緒にいさせて欲しいと」
あの時は、今までで一番、プライドをかなぐり捨てた。
土下座もしたし、大号泣だったし、引いている緋郷の足にしがみついて絶対に離さなかった。
最初は歯牙にもかけなかった彼は、僕が絶対に諦めないことを悟ってから、だいぶ時間はかかったが一緒にいることを許可してくれた。
その時は、すでに身体的にも精神的にも限界が来てしまっていて、気絶してしまったのだが、絶対に足は離さなかった。
起きた時に、苦笑いをしている緋郷がこう言ってくれたのだ。
「最初はつまらないかと思ったけど、案外一緒にいて楽しそうだ。俺の邪魔をしないのなら、一緒にいてもいいよ」
足にしがみつかれていて痺れていたはずなのに、それでも僕を認めた言葉。
今思えば、どれだけ上から目線なのだという話なのだが、その時の僕にとっては救いになった。
枯れたはずの涙が出たのも、仕方の無いことである。
「それから、僕は緋郷の隣にいるために、精一杯のことをしました。認めてもらえれば、ずっと一緒にいられるから。それで今に至る、というわけです」
緋郷は、あだ名だとしても僕の名前を覚えてくれている。
それがどれほど凄いものなのか、彼を知れば知るほど分かってきた。
最近は慣れてきたから、少し態度が雑になってしまうが、それでも隣にいるための努力は惜しまない。
「緋郷が隣にいるのを許可したのは、現在は僕だけらしいです。それはとても光栄なことですけど、前例が無いから、いつ切り捨てられるのか分からない恐怖はあります」
「それは無いのでは? とても心を許しているように、私からは見えますが」
「ははっ。今だけです。きっと緋郷は興味が無くなったら、僕のことなんてすぐに忘れます。そういう関係性なんです。だから、いつ忘れられてもいいように、覚悟だけはしているんですけどね」
覚悟はしているが、いざその時になったらどうなるのかは全く想像がつかない。
また、みっともなく縋れるような体力が残っていればいいのだけど。
それは難しいかもしれない。
「きっと大丈夫ですよ。今までお二人の様子を見ていて、とてもいい関係性だと思いましたから」
「はは、そうだといいです」
しかし、僕は何となく分かる。
これから先、僕よりも興味を引く人間が現れたら、緋郷は迷いなくそちらを選ぶはずだと。
せいぜい捨てられるまでの期間を長くするために、頑張るしかないのだ。
気がつけば、僕は緋郷の頭を撫でていた。
さらさらの髪は羨ましいぐらいで、いわゆる天使の輪が見える。
一つ一つの毛が丁寧に作られたように、細部まで美しい。
天は二物を与えず、という言葉が真っ赤な嘘だと、存在が知らしめている。
髪の感触が心地よくて何度も撫でていれば、生あたたかい視線を感じた。
そこで僕は、他にも人がいることを思い出す。
「これ、は、違いますからね」
「ええ、承知しております」
「とても仲が良いんですね」
絶対に勘違いされた。
慌てて否定をしても、勘違いは続いたままである。
こうなるから、嫌だったんだ。
僕は自分の行動は棚に上げて、膝の上にいる緋郷を恨む。
頭を撫でられていても、その睡眠の邪魔にはならなかったみたいだ。
規則的な寝息に、少しは心を開いてもらえているのだと、今は感動できなかった。
「僕達の話は、もう止めましょう。それじゃあ、千秋さんの話を聞かせてください」
「私の話ですか?」
千秋さんは瞬きして、とても幼い顔になった。
「はい。この島で、りんなお嬢様といることになった経緯を、三人で全てのことを管理している理由を教えてもらいたいんです」
「私の話をしても、あまり面白みがないと思いますが」
「そんなことないですよ。知らない話を聞くだけで、とても楽しいと思います。それに、面白い話を強要しているわけじゃないですしね」
「そうですか……それでは、お耳よごしの話になるかもしれませんが、お話させていただきます」
拒否をされるかもしれないと思ったが、話をしてくれるようだ。
とても興味があるので、僕は一文字も聞き逃しはしないと、耳をそば立てた。
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