第9話




「ふーん、そう。そう言うのなら、誰も死なないように頑張ってもらいたいね」


 千秋さんの自信を打ち砕くかと思ったが、緋郷はこれ以上議論を重ねるつもりは無いらしい。


「はい。りんなお嬢様を信用してください」


「期待しておくよ。……それで? 君達は、どうしてそんなに顔色が悪いのかな?」


 緋郷の言葉に来栖さん達を見れば、確かに顔色が悪い。

 賀喜さんに至っては、今にも倒れてしまいそうだった。


「大丈夫ですか? 気分が悪いのなら、横にでもなります?」


「すみません……それでは、少し横になります」


 頭を押さえた彼女は、そのまま体を横に倒した。

 そして、何故か来栖さんに膝枕をされる。

 ベンチの堅さより、そちらの方が柔らかいのは分かる。

 しかし、なにも人がいる中で、それをする必要はあるのか。


 賀喜さんの頭を膝の上にのせた来栖さんは、その髪を何回も梳かし始めた。

 表情は慈愛に満ちていて、目元が緩んでいる。

 その目の中には、肉欲を全く感じられなかった。

 二人の関係性は、即物的なものでは無いのか。それを見て、僕は初めて知った。


「来栖様、何か必要でございましたら、ご用意いたしますが」


「いえ、大丈夫です。少し寝ていれば、体調が良くなると思いますので。このまま寝かせておいてください」


「かしこまりました」


 髪を梳いたまま、顔色が少しは良くなってきた来栖さんは、緋郷をじっと見つめる。


「相神さん」


「はい、何でしょうか?」


「犯人が自殺をするかもしれないと、どうして思ったんですか?」


 千秋さんとの話が終わったから、この話題は終了かと思ったのに、来栖さんが蒸し返してしまった。

 ここは別の話題をと思ったが、すでに口に出したので仕方がない。

 千秋さんの方を窺うと、特に気にした様子もなく、今度は間に入ることはしなさそうだ。

 それならば、いいか。


「どうしてって。そんなこと、すぐに分かると思うんだけどね」


「すみません。私には分からないので、ぜひ教えていただけると嬉しいのですが」


 緋郷の嫌味をものともせず、穏やかな表情を崩さないのは尊敬する。

 彼以外だったら、一発ぐらい手が出てもおかしくは無い。


「まあ、しょうがないか。犯人は目的を達成したからさ。犯人が殺したい人は、ちゃんと殺した。だから、目的を見失った犯人は、死を選ぶというわけ。簡単なことだろう?」


「……確かに、簡単で分かりやすい理由ですね。そうですか。目的が無くなったから、死を選ぶと」


 来栖さんは納得をしたようで、何度も頷いた。

 それは、まるで自分に言い聞かせているみたいだった。


「そう聞いて、君は嬉しい?」


「え?」


「姫華さんを殺した犯人が、もしかしたら自殺するかもしれないと聞いて、君は嬉しいのかって聞いたんだ」


「それは……」


 ここで言いよどんだ彼は、しかしすぐに答えを出した。


「ええ。とても嬉しいです。姫華様を殺した犯人は、それ相応の罰を受けるべきなのでしょう」


 それは、とてもいい笑顔だった。


「ふーん、そっか」


 自分から聞いたくせに、興味を無くした緋郷は大きくあくびをした。


「何だか、話をするのが疲れた。後はサンタがよろしく」


 そう勝手に言って、僕の膝に頭をのせる。

 来栖さん達がやっているのと同じ、完全な膝枕だ。

 むしろこちらの方が、なんだか上手に見えてしまうのは、どうしてなのだろうか。


 両脇から生暖かい視線を感じ、僕はとりあえず誤魔化すように笑っておいた。


「緋郷は、たまに、こういう時があるんで。えっと、気にしないでください。それじゃあ、何か話しをします?」


 緋郷の頭を落としてもいいが、それは可哀想だから、とりあえずそっとしておく。

 さすがに頭は撫でない。

 そんなことをすれば、どういう関係性なのだと疑われてしまう。

 一般的な雇用主と従業員だけど。


「……相神様は、不思議な人ですね」


 すでに寝息を立て始めた緋郷を見て、千秋さんはため息を吐いた。

 その顔からはすでに笑みが消えているが、先ほどの笑顔は脳に焼き付けられているので問題は無い。


「そうですね、僕もそう思います」


「否定されないんですね」


「いやあ。僕は一般人ですからねえ。もし緋郷が不思議じゃないと言ったら、僕も変人みたいじゃないですか」


「違うのですか?」


「違いますって。どう考えても、僕はそこら辺にいる大多数の人間と同じですよ。この島に来て、自分の平凡さに嫌気がさしているぐらいです」


「はあ……」


 全く信じていないような顔をされるけど、事実である。


「僕は平凡な人間ですよ。緋郷と一緒にいることだけが、特別に見えるだけです。それが無かったら、本当につまらない人間ですよ」


「しかしそれが出来ることも、特別なことだと思います」


 来栖さんが慰めるように、そっと言ってくる。

 優しい人だと思ったが、お世辞だと分かってしまう。

 僕の心の中には響くことの無い言葉ではあるけど、そう言って貰えるぐらいは価値があるのか。


「ありがとうございます。僕のことはいいですから、緋郷の話をしましょう」


 それは完全な拒絶だった。

 緋郷のことなら話せることは多いが、僕自身に関しては触れられたくない部分が、たくさんありすぎる。




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