第2話





 ひとまず目的は達成できたので、今湊さんを追うことはせず、別の人のところに向かう。


「槻木さん、槻木さん」


「あ、お兄ちゃん。おはよう。槻木君でいいのに、真面目だなあ」


「いやあ、さすがに恐れ多いですよ」


 年上は、基本的に敬う。

 そう昔から染みついているので、直しようがない。

 頬を膨らませても、出来ないものは出来ない。


「まあ、いいや。それで? どうしたの?」


「昨日の夜は、どんな話をしていたのかと気になったんです。今湊さんは恋バナって言っていましたけど、本当ですか?」


「ああ、うん、そうだね。楽しかったよ」


 槻木さんは嬉しそうに笑うので、本当に楽しかったのだろう。

 三人で楽しく話をする。少し羨ましく思ってしまった。


「それで、恋バナの内容は?」


「ん? どんな話か聞きたいの?」


「ええ、まあ、出来れば」


「うーん」


 どんな話でも、何かの役に立つ可能性は秘めている。

 そういう意味で聞こうとしているのだが、何故か難色を示された。

 そんなに、人に言えない話をしたのだろうか。


「ぜひ、教えてください!」


「……いいんだけどね。でも、本当にいいの?」


「いいの、とは?」


 何で、そんなにも嫌がっているのだろう。

 どんどん気になってしまい、少し食い気味に聞いてしまった。


「だって、サンタのお兄ちゃん、冬香のお姉ちゃんのこと好きなんでしょう?」


「んんっ?」


「見ていれば分かるよ。というか、誰にでも分かるよ。好き好きオーラ出していたし!」


「え、本当に?」


「たぶん、冬香のお姉ちゃんだって気がついていたはずだよ!」


 うわあ。それは、本当に恥ずかしい。

 いくら軽い気持ちの好きだったとはいえ、バレていたとなると顔から火が出そうになる。


「そ、そうなんですか。でも、それが何に関係あるんでしょう?」


「だから、龍興と付き合っていることは聞きたくないかなあって。あっ、言っちゃった」


「いや、そこまででは無いですよ。別にへこみはしませんって」


 少し辛いものはあったけど、でも本気で結婚したいぐらい好きだったわけではない。

 気持ちの重さで比べれば、鷹辻さんの方に傾くはずだ。

 冬香さんの幸せを考えると、絶対に彼と一緒になった方がましである。


 僕は誰も幸せに出来ないし、結婚なんてもってのほかなのだから。

 心の底からは祝福は出来ないけど、二人に幸せになってほしいとは思う。


「そう? それならいいよ。話っていうのは、そういうものばっかりだったから。

 龍興と冬香のお姉ちゃんが、どんな感じでラブラブなのかっていうのとか。後は、来栖さんと賀喜のお姉ちゃんの関係とか。あ、あと。今湊のお姉ちゃんの恋愛事情も聞いたよ」


「えっ? 湖織の?」


 それは、鷹辻さん達の恋路以上に気になる話だ。

 今湊さんには、そういう話こそ無縁だと勝手に判断していた。


「うん、僕も驚いたけど。凄い可愛かったよ。話している時の表情が」


「お相手は誰なんですか?」


 あの今湊さんが好きになるような人なんて、全く分からない。

 人間じゃないと言われた方が、まだ納得出来る。

 ただの好奇心で聞けば、また困った顔をされてしまった。


「んー、そこまでは教えてくれなかったんだよね」


「そうですか……」


 それは残念。

 しかし、本人のいないところで、プライベートな話を聞こうとした僕も悪いか。

 ものすごく気になってはいたけど、誰だか知るのは諦めることにした。


「でも、素敵な人だって言っていたよ。その人に対して恩があって、今でも力になっているって。一生返しきれない恩だから、一生一緒にいるつもりだって。なんか熱烈だよね」


「そうですね。そんな感じの人が、今湊さんにいることに驚いています」


「それは酷い。今湊のお姉ちゃんだって、普通に好きになる人ぐらいいるでしょう」


 槻木さんも、酷い言い方だ。

 それでも、今湊さんに普通の人の感情があったことには、本当に驚きである。

 一生をかけても尽くしていきたい人が、すでにいるなんて凄いことだろう。

 彼女も、案外普通の人だったんだな。


 どこか寂しい感じがするのは、妹が嫁に行ってしまう気持ちと似ているのかもしれない。

 そんな感情を抱いていることに、また驚いてしまうのだけど。


「教えてくれてありがとうございます」


 槻木さんにお礼を言うと、僕はまた別の人と話をしようと移動する。



 次は誰に話しかけようと迷っていれば、遠くから遊馬さんに呼ばれた。

 あまり近づきたくなかったけど、呼ばれてしまっているから、ふらふらとゆっくり彼の元に行く。


「どうしましたか?」


 朝だから機嫌が悪いのではないかと、勝手に決めつけていたのだが、近づいた彼の表情は穏やかだった。

 むしろ今までで、一番機嫌がいいかもしれない。

 逆にそれが怖くて、僕は何を言われるのかと恐怖を抱く。


「あー。まだお前の雇い主が起きていないからな。お前に言っとくわ」


 頭をかいた彼は、そのまま笑みを浮かべた。


「ありがとう、そう伝えておいてくれ」


「……へ?」


 僕は言われた言葉の意味が全く分からず、固まってしまった。

 遊馬さんがお礼を言うなんて、今日は槍が降るんじゃないだろうか。



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