第4章

第1話



 六日目の朝。



「ええー。私ですかあ?」


 時刻は、七時と十五分過ぎを指している。

 そんな中、僕は今湊さんに頭を下げていた。





 三時間の寝ずの番のおかげか、今朝死んでしまった人は誰もいない。

 そのことに安心して、この時間までに緋郷以外の全員が目を覚ました。

 今湊さんでさえも眠そうにしながら起きたのに、緋郷が目を覚ます気配は無い。

 たぶん、あと一時間ぐらいは平気で寝ているはずだ。


 なんだかんだ言っても、緋郷は一昨日の夜は飛知和さん殺人事件のせいかは分からないが、三時近くまで起きていたのだ。

 徹夜はしていないとはいえ、いつもよりはずっと睡眠が足りていない。

 一時間では足りず、後二時間ぐらいは寝ているかもしれない。


 僕は、他の人が緋郷を起こさないようにお願いをすると、今湊さんに真っ先に話しかけた。


「おはようございます」


「おはようございますう。ちゃんと起きていられましたかあ?」


「ええ、おかげさまで。湖織はぐっすり眠れましたか?」


「はいい。もう元気ですよお」


 少し眠そうではあったが、それでもちゃんと睡眠はとれたみたいだ。

 目の下にくまはなく、緩んだ表情を浮かべている。


「途中で起きていたからあ、何だかお腹がすきましたねえ。お兄ちゃんもそうじゃないですかあ?」


「いや、僕はまだそこまですいていませんね。でも食べようと思えば、食べられるぐらいです」


 先程まで三時間起きて、ずっと会話をしていたとは言っても、体を動かしたわけではない。

 二日連続の穴掘りのせいで、体の節々が痛いけど、思っていたよりも酷くなさそうだ。


 僕は大きく伸びをして、そして今湊さんの頭を撫でる。


「さっきは、起こしてくれてありがとう。目覚まし時計をかけるわけにはいかなかったから、本当に助かったよ」


 最初は驚いていたが、すぐにふんぞり返る。

 その単純さに、口元が緩んでしまう。


「ふふふう。それほどでもないですけど、もっと褒めてくれてもいいんですよお」


 本当に嬉しそうにされるから、優しく撫でるのに専念してしまいそうになる。

 しかし僕の目的は、頭を撫でるということではないのだ。



「あの、湖織に頼みたいことがあるんですど、話を聞いてくれますか?」


「ええっ? なんですかあ?」


 純粋に頭を撫でられるだけではないと分かったのか、あからさまに嫌そうな顔をしてきた。

 しかし、要求を聞く前から突っぱねる気は無いみたいだ。

 視線で話をするように促してきた。

 ジト目で可哀想だったので、もう少し撫でておく。


「あのですね。実は、今湊さんに依頼をしたいんですよ」


「依頼ですかあ? 私に頼むということはあ、なにか動物を探して欲しいんですねえ。いつどこで何を探して欲しいんですかあ? お兄ちゃんなら、家族割を適用しますよお」


 依頼、という言葉に、にわかに顔を輝かせた。

 そんなに仕事が好きだとは思わず、拍子抜けしてしまう。


「実は、この島にいるらしい猫を探して欲しいんです」


「猫ちゃん? この島に、猫ちゃんがいるんですかあ?」


 猫という言葉に、さらに顔が輝いた。


「はい。噂程度なので、本当にいるのかどうかも分かりませんが。それでもいいのであれば、ぜひ依頼をしたいんですけど」


「全然構わないですよお。今日は何をしようか考えていたのでえ、ぜひやらせてくださいい」


 存在さえもあやふやなので、依頼を受けて貰えないかと思ったが、大丈夫だったみたいだ。


「ありがとうございます。あの、報酬はどう言った形で、お支払いするんでしょう?」


「そうですねえ。いつもは着手した時から貰うんですけど、今回は成功報酬でいいですよお」


「それは悪いですよ。ちゃんと払います」


「私がいいと言っているんだから、いいんですよお。その代わり見つかった時はあ、ぐふふふふう」


 少し早まったかもしれない。

 変な笑い声を上げる今湊さんを見て、少し思ってしまうが、この中で彼女以外に適任がいないのだから仕方ない。

 いるかどうか分からないが、いるのであれば存在を確認したい。

 しかしメイドさん達に尋ねるのは、何か違うと考えた結果だ。


「それじゃあ、依頼を承りましたあ。たぶん今日にはあ、いい結果をお知らせできると思いますう」


「そんなに急がなくてもいいですよ」


「いいんですよお。お兄ちゃんの依頼なのでえ、頑張っちゃいますう」


 いつになくやる気を見せる今湊さんに、これは本当に今日中に結果が出ると期待してまう。


 猫の件は何とかなりそうなので、話している間に撫で続けていた手を止めた。

 視線を感じるが気付かないふりをし、話題を変える。


「湖織達は、起きている間どんな話をしていたんですか?」


「私達ですかあ? 女性が集まったら、する話は一つですよお。ずばり恋バナですう」


「……女性?」


「馬鹿にしましたねえ。私や賀喜さんはあ、こう見えてもうら若き乙女ですからあ」


「…………乙女?」


「むきー!」


 処理出来ない単語に首を傾げていると、足を軽く踏まれた。

 痛くはなかったが、やはり単語の意味は理解出来なかった。

 この島のどこに、うら若き乙女がいるんだろう。

 一度も見たことがないのだが。「もういいですう。お兄ちゃんの馬鹿あ」


 今湊さんが、そんな言葉を言いながら去っていった。

 しかし、僕は悪くない。




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