第46話



「まあ、証明と言っても簡単なことなんだけどね」


 色々と格好つけていたけど、緋郷がやることは単純で、そこまで凄いことではない。


「それじゃあ、これ渡すから」


 緋郷はファイルを机に上で滑らせて、りんなお嬢様の元に渡した。

 そのやり方は、随分と雑だった。


「確かに受け取りましたわ。それで、どうするつもりですの?」


「その中から、どこでもいいからページを指定してよ」


「……あら、面白いことをしてくださるのね」


 何をするのか分かったのか、りんなお嬢様は口元に笑みをこぼす。

 その顔は、まだ信じていない。

 しかし、すぐにこの笑みは変わるはずだ。


「そこまで言うのなら、まさか下手な結果を生むはずもないでしょうからね」


 ファイルを開きページをめくると、とあるところでピタリと止めた。

 緋郷にそれがどのページなのか分からせないように、角度に工夫して見えないようにしている。

 僕から見ても分からないのだから、緋郷も見えていないはずだ。


「それでは、124ページ。15行目をどうぞ」


 細かく指定したのは、意地悪をするためだろう。

 しかしそれは、何の障害にもならない。


「オッケー。が見受けられ、灯台の補修において、外観にかかる費用は1億2540万円。内装においては、5億から45億。施工時間は、半年から2年の見込み。幅があるのは、内装につけるオプションの差である」


「も、もういいですわ。あなたが読んだことは、まぎれもない事実であることを認めます」


「えー、もういいの。お望みなら、最初から最後まで全て言えるよ」


「時間がありませんので、遠慮しておきますわ。ここにいる方も、あなたが見栄を張っているとは、もう思っておりませんもの」


「ふーん、そう。まあ俺も、全部言うのは疲れるから良いけどさ。そんな簡単に信じるんだ」


 りんなお嬢様が指定したページの、指定した行を、見事緋郷は言うことが出来たようだ。

 少し引き気味のりんなお嬢様が、もういいと止めた。

 確かに緋郷の言う通り、こんな簡単に信じても良いものかとは思うけど、難癖付けられるよりは楽か。


 りんなお嬢様が認めたおかげで、他の人達も緋郷のことを疑っていないみたいである。

 感心した目を向けるのだから、手のひら返しが凄くて、爆笑しそうになった。

 まあ、しないけど。


「それで、全てを読み終えていただいたことは分かりましたが、納得していただけたかしら? 資料には、灯台についての情報を余すことなく詰め込んでいますから。納得していただけないと、困りますもの」


「うーん、まあ、分かったよ。納得すればいいんでしょ」


 緋郷の言い方は、全く納得していなかったけど、関わると面倒だと思ったのか、りんなお嬢様はただ微笑んでいた。


「それ、もう必要ないなら、俺に読ませてくれねえか」


「ええ、どうぞ。破損させないように、注意していただければ」


「傷一つつけねえよ」


 そして遊馬さんが声をかけたのを、これ幸いとそちらに興味を向ける。

 りんなお嬢様は目の前に置かれたファイルを、脇に控えていた千秋さんに渡した。

 渡されたそれは、遊馬さんの元に運ばれる。


「ありがとうよ」


 遊馬さんは、ファイルを大事に受け取ると、さっそく見始めた。

 もう彼にとって、報告なんてものは、どうでも良くなっているみたいだ。

 もしかしたら夕葉さんに関する手掛かりがあるかと思ったら、そうなるのも当たり前なのかもしれない。


「それで、報告はどうしましょう? まだ何か話したいことはあるのかしら?」


 りんなお嬢様は頬に手を当てて、ゆっくりと息を吐いた。

 その様子は、疲れたという感情が隠しきれていなかった。

 もう終わりにしたい、そう言いたげだが自分からは口に出せないみたいだ。

 普通はそれを察して、終わりにしてあげるのが優しさなのだろう。


 しかし、ここにそんな普通の優しさを持っている人はいない。


「それじゃあ、最後に一つだけ。ここにいる皆に聞いておきたいんだけど」


「……何かしら?」


「昨日の夜、それぞれ一緒にいた人がいると言っていたよね。今でも、それは変わりないと言えるのかな?」


 緋郷は確認するように、一人一人の顔をゆっくりと見た。

 それは、ただ確認のためだけに聞いたように僕には感じられたが、他の人には威圧しているように映ったのだろうか。


「私達の誰かが、嘘をついているとでも言いたいんですか?」


 賀喜さんがムッとした表情で、緋郷を睨みつける。

 しかし前まで惚れていたからか、そこまで鋭いものでは無かった。


「そういうわけじゃあないよ。ただ思い違いをしている人がいたら、今ここで怖がらずに言ってほしいだけ。思い違いをしていたって、誰も責めないからさ」


 緋郷の表情は柔らかなものだった。

 それは気持ち悪くて、腹の中では何を考えているのだろうか。

 わざわざ、ここでこの話をする意味が無いと思ってしまう。


 それをやっているということは、緋郷にとっては意味があるわけだ。

 ここにいる人達をかき回して、楽しんでいる。

 完全なる愉快犯で、思惑通りにかき回されている。


 趣味が悪い。

 僕は隣で楽しそうに笑っている緋郷に呆れてはいたが、止めることはしなかった。

 そんな僕も、他の人から見たら性格が悪いわけだ。



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