第45話



 緋郷の思い通りに、話が進んでいる。

 そのことに誰も気がつかず、だから何も言わない。


「ああ、そういえば守ってくれると言っていた約束は、いつくれるのかな?」


「約束?」


「もう忘れちゃったの? 灯台の中が分かるもの。くれるって約束したよね」


「……覚えてらしたの」


「忘れるわけないからね。こんな興味深くて、面白いことをさ」


 りんなお嬢様は疲れきっていて、早く話を終わらせたいといった雰囲気を出している。

 しかし、緋郷が満足するまで終わるわけがなく。


「もしかしたら、ここにいる何人か気になっている人がいるんじゃないの」


 さらに面倒事を引き起こしかねない、そんな言葉を言い放った。

 この中で一番気になっている人が、誰かなんて決まっている。


「それは、ぜひ俺も見せてもらいてえな」


 遊馬さんが食いついてしまった。

 これは逃げることが出来なくなったと、りんなお嬢様に同情した。


「そうね。約束は約束ですもの、きちんと守りますわ。千秋、あれを持ってきて」


「かしこまりました」


 諦めたりんなお嬢様は、千秋さんを呼んだ。

 予め用意はされていたのか、すぐに彼女は手に持って戻ってきた。


「どうぞ。渡すことは出来ませんが、好きに見てくださいな。紛失しないように、私たちがいる間だけね」


「わーい。ありがとう」


 緋郷の前に置かれたそれは、無機質な青色をした分厚いファイルだった。

 たくさんの紙が挟まれていて、全てを見るのには時間がかかりそうだ。

 これは、遠回しな嫌がらせなのかもしれない。


「そこには灯台に関する、全ての資料がファイリングされていますの。それを読めば、灯台を知り尽くすことが出来ますわ」


 全てが読めるとは思っていないのか、りんなお嬢様は意地悪に笑った。

 彼女は、緋郷のことをあまりにも見くびっている。


「それじゃあ、見せてもらうね」


 ファイルを開いた緋郷は、紙の束を片手で持ち上げ、ものすごいスピードでめくり始めた。

 パラパラと一定の速度ではあるが、はたから見ていて何を書いているのかは読み取れない。

 速度は速いが、よくよく見てみればページを飛ばしていないのが分かるはずだ。


 しかし資料を見るにしては、どう考えてもおかしな行動に、ざわめく人達。

 僕は特に何も思わず、それを眺めていた。

 どんなに速くても、紙の束が分厚すぎたせいで、思ったより、めくり終わるのに時間がかかった。

 それでも終わりはあるので、最後のページまでいった緋郷はニッコリと笑う。


「ありがとう。とても参考になったよ」


 それは心からの言葉だった。

 しかし普通の人から考えてみれば、何を言っているんだという話である。


「あの、きちんとお読みになりましたの?」


「うん。今読んでいるのを、見ていたでしょ」


「読んでいたというよりも、めくっていただけだと思いますわ」


 用意したんだから、きちんと読め。

 そういう気持ちが、言葉の中には込められていた。


「お前が読まないのなら、俺に貸せよ」


 遊馬さんが手を出し、尊大な態度で言う。

 その顔は不信感がありありと浮かんでいて、それでもファイルが欲しいから話しかけただけというような感じであった。


「みんなして変なことばかり言うんだね。俺は、きちんと隅から隅まで目を通したのにさ。見ていなかったの? 何を見ていたの? 妖精でも飛んでいた? もしそうなら、すぐに病院に行くことを進めたいね」


 皆の態度がおかしいせいで、緋郷が気分を害してしまった。

 閉じたファイルの表紙を何度も叩き、怒りをアピールし始める。


「見ていましたけど、読んでいないのは明らかだったですわよね」


 りんなお嬢様の言葉に、大体の人が同意の意味を込めて頷く。


「本当、信じられないね。まさか目まで悪いとは思わなかったよ」


 目まで、ということは、まるで他にも悪いところがあるみたいだ。

 それは誰に対しての言葉によって、緋郷の首が文字通り飛ぶ。

 しかし、それには突っ込まれなかったので、僕は安心した。


「それなら何かしら。あなたは今の行動で、全てを理解したということ? いくら何でも、それは見栄を張りすぎだと思いますわ」


「信じきれないってことなんだ。それじゃあ証明してあげるよ」


「証明? どうやってかしら?」


「ああ、面倒くさいなあ。でも言わなきゃ信じてくれないでしょ。それなら、証明した方が早いからさ」


「そう。それなら証明をしてくださる?」


 りんなお嬢様は、あくまでも意地悪だった。

 どうせ緋郷には、証明出来ようがない。

 態度からそう言いたいのが、分かりやすく伝わってきた。


 そこまで見くびられてしまったら、僕だって頭にくる。


「緋郷、さっさと証明してあげなよ」


 僕の言葉に、緋郷はこちらに視線を向けて、片方の口角を上げた。


「言われなくても、そのつもりだよ」


 久しぶりに、頼もしい彼を見た。

 これはもう、そのまま見ていれば大丈夫だろう。

 僕は、緋郷に全部を任せることにした。


「それじゃあ、証明するからさ。今度はちゃんと目を見開いて、耳もちゃんと機能させておいてね。同じ話を二度も話す気は無いよ」


 緋郷は、完全にこの場の全員を馬鹿にしていた。

 通常運転である。



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