第44話



「あーあ。頭が痛いな」


「自業自得って言葉、知っている?」


「もちろん知っているに決まっているよ。でも今は、その言葉は関係ないよね」


「……ソウダネ」


 頭を叩かれたのは緋郷のはずなのに、何故か僕の頭が痛くなっている。

 そんな僕に、同情の視線が集まった。

 緋郷の相手をするのには慣れてきたけど、未だに行動の全てを読みきれないので、苦労をかけられる割合が多い。


「それで、話はまだあるんでしょ。みんなが待っているんだから、早く報告しないと」


「みんなせっかちだよね。時間は有限だけどさ、急いで生きていたって、いいことは無いよ」


「緋郷はマイペースすぎる。それじゃあ、急がなくていいから報告始めて」


「オッケー」


 こうして報告を再開させるのでさえ、苦労がかかるのだ。


「りんなお嬢様、緋郷の失礼な態度、僕から謝罪します」


「別に気にしていませんわ。あなたも大変ね」


「いえ、それほどでも」


 緋郷の失礼な態度に怒りがそこまで大きくないようで、寛大な心に感謝する。

 優雅にお茶を飲む姿は、湯のみなのに可憐である。

 りんなお嬢様でさえも、お茶を飲むんだ。新たな発見だ。


「それじゃあ、報告を続けるね。珠洲さんの死体を見て思ったんだけど、彼女はナイフで胸を一突きされて殺されていた。でも刺されてから、しばらくは生きていたみたいなんだよね」


「あら、それは痛ましい」


「それで床を這って動いた後に、何かを掴む仕草をしたまま死んでしまった」


「何かを掴む前に、息絶えてしまったということかしら?」


「いいや。それは違うね」


 緋郷は自信満々に胸をそらした。


「違う、とは?」


「あの状態から考えて、何か目的のものを掴むぐらいは出来たはずだ」


「もしそうだとしたら、何故何も掴まなかったのかしら?」


「掴めなかったのではなくて、掴まなかった。逆に言うと、それに意味があるということだよ」


「どういう意味か教えてくださる?」


 お互いに攻撃をしなくなったおかげで、また和やかな雰囲気が戻ってきた。

 りんなお嬢様がいつもよりは下手に聞いていて、緋郷も嫌味を言うことが無い。

 先ほどまでは、新たな事実では無かったから、余裕があり遊んでいただけなのかもしれない。


「あえて掴まなかった、伝えたかったが部屋の中に置いてあるものでは、それを表せなかったということだと思うんだ」


「逆に言うと、そこにあったものを調べれば、誰を示したものが無いのか分かるというわけね」


「ご名答」


 緋郷は右手で銃のような形を作って、りんなお嬢様に向けて撃った。

 気障な仕草だが、似合ってしまっているところが憎らしい。

 りんなお嬢様も、微妙な表情を浮かべていたが、どちらかといえば好意的な感じがした。


「あなた方は、部屋の中を調べたのでしょう? 何か分かったのではないのかしら?」


 僕は部屋の様子を思い浮かべる。

 そこにあったものを一つ一つ頭の中に出していって、そして首を大きく傾げた。


 犯人、分からないんじゃないかな。

 あの部屋には、ここにいる人達全員を示すものがあったはずだ。


 僕は緋郷の顔を見た。

 緋郷も同じ結論に至っているはずだが、その表情は余裕を持っていた。


「そうだ。珠洲さんを埋める手立てを整えてくれてありがとう。彼女達のためには、あそこはとてもいい場所だと思うよ」


「……そう。それは良かったわ」


 どうするのかと思ったら、緋郷は不自然なぐらいに話題を変える。

 りんなお嬢様は眉間に皺を寄せたが、普通に言葉を返してしまった。

 それは緋郷の思い通りに進ませてしまう、最悪の反応である。


「そういえば、あそこに咲いている花をサンタも気に入っていてね。あれは確か……カルミアという名前だそうだね」


「ええ、その通りですわ」


「どうして幾多ある花の中から、カルミアを選んだのかな。ぜひ教えてもらいたいね」


 もう話の主導権を握っているのは、緋郷だ。

 それにも気づかずに、りんなお嬢様は会話を続けている。


「それは、私が一目見て好みだと思ったからですわ。色や形、そういう簡単な理由ですのよ。それが何か?」


「ふーん。そう、俺はもっと深い意味があると思ったんだけど。違うんだ」


「深い意味? そういったものは無いわよ。なんでそう思われたのか、不思議なぐらいね」


「そうか。俺も思い違いか。わざわざ、あの花を選んだのには意味があると思ったんだけどね。色々と調べて見たら、面白いことが分かりそうだと思ったんだけど」


 眉間の皺が深くなった。

 どう見ても、聞かれたくない話をされているのだと分かる。


「そんな事実は一切ありませんわ」


「そんなに怒らないでよ。俺は素晴らしいと言っているんだ。あの花は確かに美しいし、もしも意味があるとしたら、それを含めても美しいものだと思う。きっと、特別な場所なのだろう? それなのに、死体を埋める許可をくれるなんてさ。桜の木の場所の方が、おあつらえ向きかもしれないのに」


「桜の木の根元には死体が埋まっていて、その養分を吸って咲き誇っていると? 迷信的な話をなさるのね」


「でも、そっちでも良かったじゃないか。あちらだって、花が咲いていれば荘厳なものだろうからね」


「私の勝手ですわ」


 不機嫌になったりんなお嬢様は、気がついていない。

 緋郷にのせられて、先程までの答えをもらっていないことに。


 緋郷がりんなお嬢様の問いに答えなかった理由は、ただ一つ。

 まだ、ここで言うべき話ではないからだろう。

 完全に楽しんでいるのだ。




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