第43話




 鷹辻さんは、まるで屍のように魂の抜けた表情で、机の上に顔を預けていた。

 りんなお嬢様を相手取って、ここまで頑張ったのだ。

 僕が責任を持ち、お墓を建ててあげよう。


 しかしその前に、まずは。


「それでは最後は、あなたの番ですわね。話すことはおありになって?」


「やっと俺の番か。待ちくたびれて、寝そうだったよ」


 緋郷の報告が先である。

 大きな欠伸をした緋郷は、ゆっくりと伸びをした。

 その様子は猫のようで、とても彼に似合っている。

 気ままで、どこかに行ってしまいそうなところなんて、そっくりだ。


「あら、ごめんなさいね。手をあげないから、話したいことは無いのだと思っていましたわ」


「手をあげるのが面倒だっただけ。話すことは、まあまああるよ。たぶんだけど」


「あら、それは心強いですわね。時間ももったいないですし、早めに報告をお願いしますわ」


 昼にやりあったのを許していないのか、まだ不穏な空気を醸し出していた。

 先程の鷹辻さんとりんなお嬢様は、弱いものいじめのように見えたけど、この二人は狐と狸の化かし合いのようだ。

 少しでも間に入ったら、こっちが飲み込まれてしまう。


「それじゃあ、今までの話の復讐をまず。珠洲さんが殺されたのは、僕が地下室で音を聞いた三時頃。防音は床にまで行き届いていなかったようだね」


「あらあら、まさか地下室に軟禁するぐらいの容疑者が、出てくると思いませんでしたから。防音をする必要がなかったのですわ。でも前例が出来ましたから、さっそく防音仕様にしますわ」


「そうしたほうがいいよ」


 鷹辻さんの時よりも、さらに好戦的なりんなお嬢様に、初めて見た人達は驚いた表情をしている。

 今湊さんはいつも通りだから、特に興味が無いのだろう。

 そしてメイドさん達も驚いていないので、この顔を出すのは日常でよくあることみたいだ。


 鷹辻さんは、トラウマが刺激されたのか、机の上でプルプルと震えている。

 僕は小動物をそこに見いだして、少しでも盾になれるように、体をずらしてりんなお嬢様を見えないようにした。

 僕よりも何倍もガタイのいい人に、庇護欲を感じるなんて。


 この島の人の大半が、甘え上手である。

 意識的にか、無意識的にかは別として。


「あとは、二人が殺されたのは、共通の罪を犯したからっていうもの。まあ、最初から知り合いだっていうのは、二人の様子から分かったよね」


「まあ、そこで言わないところが、性格の悪いところですわ」


「言わなくても、さすがに分かると思ったからね。分からない人は、よほどの観察眼がないみたいだ」


 そんなことを言ったら、大体の人は観察眼がない。

 りんなお嬢様以外に敵を作るそうな発言に、僕は気が付かれないようにそっと、緋郷の足を蹴った。

 余計なことを言うな、という牽制を込めてだ。


 上手く足を蹴られたと思うのだけど、緋郷は全く変わった様子がない。

 もう一回蹴ろうかとしたが、次はバレてしまいそうなので、止めておいた。


「それに、資料の管理はきちんとしてもらいたいよね。勝手に盗られるような管理をしているんだから、この島のセキュリティも本当に穴が無いのか疑いたくなるレベルだよね」


「それに関しては、私の不手際でしたわね。この島に呼んだ客人が、まさか盗みをするとは思ってもみませんでしたの。だから誰でも興味の抱く資料を見られるように、開放していたのですが。これからは、仕組みを変えなければいけないかもしれませんわね」


「人を信じているっていうアピールなのかな? この島の誰のことも、君は信用していないように見えるけどね。仕組みを変えるのは賛成だよ。あそこにある資料は、どれも価値がある。それが分からないような人が、触れるのだけでも、その価値が下がってしまうよ」


「あれの価値が分かるなんて、随分と見る目があるようで。これからは、きちんとしますわ。アドバイス、ありがたく受け取りましょう」


 話しているうちに、二人の中で何かがはまったのか。

 少しずつ、空気が柔らかいものに変わっていく。

 元々、上手く交われば、同族嫌悪にはならずに済んだのだ。

 これから、良い関係性を築ければいい。


「でも、本当に姫華さんと珠洲さんの資料が無かったのは、致命傷だよね。それがあれば、あなたの目的である犯人を捕まえることが簡単に出来たはずなのに。致命的過ぎて、目も当てられないミスだよ」


「……あなたが、もっと早く資料の存在に気がついていれば、誰かに盗まれる前に確認できたのでは? 今回、あなたも後手に回ってしまったのは事実でしょう?」


 少し和やかな雰囲気になったと思ったら、すぐにこれだ。

 相手を蔑まないと死ぬ病気に、きっとかかっている。

 また険悪な雰囲気に戻ったのを感じ、僕は諦めの境地に至った。


「自分の立場が悪くなったら、相手に責任を押し付けるの? どう考えても、今回の件に関して俺に非は無いよ。資料の存在に気がつくのが遅れたって、無いことの方が問題なんだからさ」


 りんなお嬢様の顔がひきつった。

 来栖さんの時とは違い、怒りを抑えているというのが、すぐに分かる表情だった。


 僕はそれを察すると、大きなため息を隠さず、緋郷の頭をいい音が鳴るように調整して、勢いよく叩いた。

 思っていた以上に強くなってしまったことに、他意は無い。



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