第41話




「それでは、二人は殺されるべくして殺されたということですわね。誰かに恨まれていたということかしら」


「そうだと思いますよお。どんな理由かまでは分からないですけどお」


「あ、それなら、少しだけ説明できます」


「お兄ちゃんがですかあ?」


 何だか覚えのある話になったので、僕は勇気を出して加わってみる。

 また一気に視線が集中したが、気が付かないふりをした。


「あの二人、実は軽い知り合い所ではなかったみたいなんですよね。まあ情報源は分かってしまうので言ってしまいますが、来栖さんがその様子見ていたようです。そしてその関係性は、ただの友人関係とは言えないものでした」


 僕は頭を下げて、来栖さんに謝罪をした。

 言っていいのか聞いていないのに、勝手に名前を出してしまった。

 来栖さんは怒っていなかったので安心する。

 今更だけど、どこに地雷があるのかなんて分からない。


「ただの友人関係では無かったとしたら、どういった関係だったのかしら?」


「それはですね。二人は何かしらの罪を背負っていたみたいなのです。内容までは分かりません。ただ分かることは、誰かに危害を加えたらしいということだけです」


「あら、そうでしたの……それは確かに、殺される理由たるものになるかもしれませんわね」


「わーお。驚きの事実が出てきましたねえ。これは私の話に、信憑性が増しましたあ。嬉しいですねえ」


 今湊さんがテンションを上げて、バンザイをしている。

 少し遠いから出来ないが、慣れてしまった手が頭を撫でようと動きかけた。

 緋郷に言われた通り、大分彼女に向ける感情が、いつもより優しくなっている。


 残り少ない関係性で、この島から出たら一生会うことは無いのに、どうしてこんなにも絆されてしまったのだろうか。

 そして今の状況に、特別嫌な感情を抱いていないことも、不思議でしょうがない。


「どうやら、そのようですわね。それで、どんな罪を犯したかまでは分からないと言っていましたが。あなたはずっと一緒にいて、何かを感じ取らなかったのかしら?」


 ここで言っているあなたとは、僕や今湊さんではなく、来栖さんに対してだ。


「……そうですね。私達には聞かせないために、細心の注意をはらっていました。だから、どこの誰に、いつ何をしたのか全く分かりません。……賀喜さんも同じですよね」


「え、あ、はい。飛知和さんは、私に何も話してくれませんでした。鳳さんとの、二人だけの秘密だったみたいです」


 しかし時間が経っても、思い出すものは何も無かった。

 それさえ分かれば、後は簡単な事なのだが。

 簡単に終わってしまうのも、つまらないのだろうか。

 そう思うのは、緋郷だけだ。


「それは残念ですねえ。犯人が見つかる手掛かりになるかと思ったんですけどお」


「あっ、そうだ。りんなお嬢様に聞きたいんですけど」


「はい。なんでしょうか?」


「先ほど図書室に行ったんですけど、昨日はあったはずの資料が無くなっていたみたいなんですよね。どこにあるか知っていますか?」


「資料? 何の資料かは分かりますの?」


「ええっと……その鳳さんと飛知和さんが何の罪を犯したのか、書かれているものなんですけど。遊馬さんが昨日あったのを見ていたはずなんですが、今日はその場所に無かったんですよ」


「あら、そうでしたの?」


 驚いているということは、りんなお嬢様の仕業では無いのか。

 少しその可能性もあると思っていたので、候補が減った。


「その本が、どんな内容だったかとか、分かりませんよね……?」


 もしかしたら、複製があるかもしれないという望みにかけてみる。


「そうねえ。あなた達、分かる?」


「いいえ」


「私も」


「申し訳ありません。分かりかねます」


「分からないみたいですわ。ごめんなさいね。図書室にある本は、全て閲覧しているわけではございませんから。ここに招く客人に退屈を感じさせないために、様々なものを用意しているせいね」


「いや、こちらこそ。すみません」


 しかし、答えは良いものでは無かった。

 ある程度は予想出来ていたので、そこまでショックも薄い。


「きっと、犯人が持って行っちゃったんですねえ。泥棒は悪いことですよお」


「はは、確かに。でも犯人からすれば、すぐに自分に繋がる証拠ですからね。そうなったら、隠すのは当たり前の行動です。もう少し早く気が付かなかった、こちらが悪いんですよ」


 そうだ。

 鳳さんが殺された時に、図書室の存在に早く気が付いていれば。

 後悔しても、すでに手遅れだけど。

 というか、緋郷が早く行ってくれれば良かったのに、そう八つ当たり的に思ってしまう。


 緋郷は聞かれなかったら答えなかっただけなので、やっぱり僕が悪いんだけど。


「二人に殺される理由があったということが分かっただけでも、ちょっとした収穫かしら。いえ、それは悲しいことでもありますわよね。どんな理由であれ、人が殺されるのは悲しいことですの。だから、早く犯人を見つけてくださるかしら」


 まつげを伏せて、りんなお嬢様は小さく息を吐く。

 その吐息の中には愁いが帯びていて、この状況を完全に楽しんでいるわけでは無いと、僕には感じられた。


 しかし、腹の中に何を隠しているのか分からないので、これも演技なのかもしれない。

 僕は緋郷の言葉通り、誰の言葉も完全には信じきっていなかった。



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