第20話
図書室に必要なものが置いていないのならば、もう用は無い。
僕は遊馬さんと別れて、緋郷を連れて大広間へと行く。
目的のものが無かったので、達成感が無く疲労がたまっていた。
「お腹空いたね、緋郷」
「空いたね。辛いものは、何を用意してくれるかな」
緋郷の中で、昼食は辛いものだと決定しているみたいだ。
色々なストレスは、食べて発散するのも一つの手である。
「それじゃあ、とびきり辛いものを頼もうか」
「楽しみだ。サンタは、お腹を壊さないようにね」
「いやあ。それは無理かも。もう、馬鹿になるぐらい辛いものが食べたいから」
「サンタはそうやって体を壊すタイプだよね。自分の体に無頓着っていうかさ」
くだらない話をして大広間の扉を開けると、そこには冬香さんと鷹辻さんと槻木君がいた。
「あっ、相神様、サンタ様、昼食ですか?」
三人で楽しそうに話していたところに、水を差してしまったらしい。
冬香さんは頬を明るく染めて、慌てて僕達に話しかける。
お邪魔虫になってしまった自覚があるが、帰る気なんてさらさらない。
むしろ邪魔を出来たのならば、本望である。
二人が良い感じになるなんて、僕がこの島に滞在している限りは許さない。
出来る限り邪魔をしてやろうと、そう決意した。
「はい。僕と緋郷に、とびきり辛いものを用意してください」
「え、えっと辛いものですか?」
「はい。もう限界まで辛くしてください」
「……かしこまりました。少々お時間かかってしまうかもしれませんが、用意いたします」
二人分の昼食を頼むと、冬香さんは戸惑いながらも厨房の方に引っ込んでいった。
それを見送り、自分達の席に座る。
「二人は、辛いものが好きだったのか?」
冬香さんがいなくなって残念な顔をした鷹辻さんは、それでも原因を作った僕達に対して負の感情を向けなかった。
身を乗り出して、心配までしてくれる。
心の中にわずかに残った良心が、ぎりぎりと痛んだが、心を鬼にして冬華さんとの邪魔をすることを続ける。
「そうなんですよ。冬香さんの料理は何でも美味しいですから、辛いものでも楽しみですね」
「そうだよな! 俺達はもう昼食を食べたんだけど、いつ食べても美味しい! これから毎日食べていたって飽きないぐらいだ! 特にお味噌汁!」
今、冬香さんがいなくて良かった。
鷹辻さんの発言は、どう考えたってプロポーズに聞こえる。
二人の好感度はお互いに高いから、そのままハッピーエンドに進む可能性がある。
鷹辻さんが、こんなにも主人公体質だったとは。
少年漫画とか、熱血スポコン漫画系だと思っていたから、完全に油断していた。
少女漫画も対応しているのなら、早めに言って欲しかった。
邪魔をする時は、もっと気をつけなければ。
すぐにでも二人は、恋人になってしまいそうだ。
鷹辻さんは良い人で、冬香さんでなくても好きになってしまいそうである。
僕達以外がリア充まっしぐらで、血の涙が出てきた。
「二人は何を食べたんですか?」
冬香さんはまだ時間がかかるそうだから、僕は話を続ける。
もちろん、厨房の扉の警戒は怠っていない。
「僕はね、今日はらじゃにあ? じゃなくてりゃざにら? を食べたんだよ!」
全く合っていないが、言おうとしているのはラザニアだろう。
槻木君の存在は、やはり癒しだ。
ほのぼのとした気持ちを感じて、顔が緩んでしまう。
「そうなんだ。美味しかった?」
「うん! 僕りゃりゃにらら大好き!」
いっそわざとじゃないかと言うほど、正解から遠ざかっていってしまうが、それが可愛いので許せる。
二人はラザニアを食べたのなら、僕達も洋風な辛いものが出てくるだろうか。
気のせいでなければ、厨房の方から辛い匂いが漂ってきて、目がヒリヒリとしてきた。
涙も滲んでくる。
どんなダークマターが生み出されているのか、頼んだ自分がなんだけど、少し恐ろしくなってきた。
しかし、冬香さんがせっかく作ってくれているのだ。
どんなものだって、食べる覚悟である。
きっと僕の男らしい姿を見て、冬香さんも格好いいと思ってくれるはずだ。
「なんか目がヒリヒリするね。ゴーグルつけよう!」
槻木君は目を真っ赤にしながら、どこから取り出したのかゴーグルをつけた。
そのアイテムを羨ましく見つつ、僕は聞くのを忘れそうになっていたことがあったのを思い出す。
「鷹辻さん達は、図書室に行ったことはありますか?」
「図書室? 行ったことあるぞ! 一回だけな!」
「いーっぱい、本があって楽しかった!」
二人のキャラ的に、行ったことのない可能性もあったけど、一度はあるのか。
しかし、そこまで長く滞在していた感じではなさそうだ。
槻木君に至っては、絵本を読みそうだから、あそこにあるものは難しかっただろう。
「その時に、鳳さんと飛知和さんに関する本を見ましたか?」
「鳳さんと飛知和さんの? いいや? そんな本があったのか? 紗那は見たか?」
「ううん。僕、見ていないよ」
「そうですか。ありがとうございます」
そこまで期待をしていなかったので、残念な気持ちは無い。
それよりも、厨房からの匂いが、もはや兵器かと思うぐらいに目や鼻に打撃を与えてくる方が重要だ。
これから持ってこられるのは、はたして食べられるものなのか。
僕は、頼み方を間違えたのではないかと、冬香さんを震えながら待った。
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