第19話




「え? 昨日まではあったんですよね? 今はどこにあるんですか?」


「俺が知るわけないだろ。誰かが持っていったんじゃないか」


「誰がですか?」


「だから、俺が知るわけないだろうって!」


 目的のものが無いという状況に、僕もだけど遊馬さんも不思議そうにしている。

 その八つ当たりを、僕でしないでほしいのだけど。


「おかしいなあ。昨日は確かに、ここにあったんだよ。勘違いとかじゃねえ。何で名前があったのか不思議だったから、よく覚えているんだ。絶対にここにあった」


 遊馬さんがはっきりと自信を持って言うのだから、その記憶に間違いはないのだろう。

 しかし記憶している場所に、何も無い。

 これは、誰かの手によって持っていかれた可能性がある。


「誰かが持っていったとして、誰が何の目的でだろう?」


「知らねえよ」


 僕は口元に自然と手が行き、考え込む。

 ここに鳳さんと飛知和さんの資料があったことは、誰にでも分かることだ。

 隠されてもなかったし、遊馬さんが見つけられたのだから、名前とかも背表紙に書かれていたのだろう。


 だから誰が持っていったのかは、判別がつかない。

 ただ一つ分かっているのは、きっと資料は戻ってこないだろうという事実だけだ。


 持っていった人は、きっと鳳さんと飛知和さんのことが書かれていたのを知っていた。そしてそれが、二人の殺される理由に繋がることも分かっていたはずだ。

 わざわざ持っていったというのは、不利益な何かが書かれていたのか。

 もしかしたら、一発で犯人に繋がるような何かが。


「そうだとしたら、行動が一歩遅かったというわけか。ああクソ。もっと早く思いついていれば」


 手を頭に移動して、抱え込む。

 あと少しで、犯人を捕まえられるところだったのに。

 そうすれば、後はこの島でゆっくりして、冬香さんの好感度を上げていれば良かった。楽な時間を過ごせたのに。


 昨日の時点ではあったのだから、持っていかれてから、そう時間は経っていない。

 のんびりと行動をしていた自分が憎い。

 髪の毛をぐしゃぐしゃにして唸っていれば、未だに隣にいた遊馬さんが話しかけてくれた。


「な、何かドンマイだな。そんなにガッカリするなよ。無くなってしまったものは、仕方がないだろ」


「あ、ありがとうございます」


 まさか慰めてくれるとは思わず、僕はつっかえながらお礼を言った。

 よく分からないところで、お父さんキャラを出さないでほしい。

 ほだされてしまいそうになる。


 どうしてこの島に来ている人達は、根は良い人ばかりなのだ。

 性格が良いから、第一印象は最悪でもギャップ萌えが起こる。

 もしかしたら、鳳さんや飛知和さんだって、生きていればそういうところを見つけられたのかもしれない。

 死んでしまったから、良いところなんて見つけられないのだが。


 二人が犯人に、どういう悪さをしたのかはまだ知らないが、それは殺されるほどの理由だったのだろうか。

 もしそれを聞いた時、僕は殺されて当然だったと納得してしまうのか。


 死体を埋めて麻痺してしまった心は、こんなおかしな状況を簡単に受け入れてしまった。

 しかしそれを認めてしまえば、人間としての何か大事なものを失ってしまう気がする。

 そうはならないように、今から考えておくべきだ。


 僕は、どちら側につくのか。つくべきなのか。


「お、おい。そんなに落ち込むなよ。えっと、屋敷の奴に言えば、もしかしたらコピーがあるかもしれないだろう。な、俺も聞いてやるからさ」


 思考を飛ばし過ぎて、困った顔でもしていたらしい。

 うろたえた遊馬さんが、強めに頭を撫でてきた。


「うお。だい、大丈夫ですよ」


「遠慮するな。こういう時は、俺が聞いた方が効果が出るんだよ」


 何だか、父親だという事実が発覚してから、父性がにじみ出ている。

 今はきちんとしているから、元々は最初の印象のような駄目な人間では無かったのかもしれない。

 きっと夕葉さんがいなくなり、自暴自棄になっているだけなのだろう。


 彼女は、どこに消えたのか。死んでしまったのか。

 もしも、とても小さな可能性ではあるが生きていたとしたら、彼はまっとうな人間に戻れる。

 叶わない話だけど、そう思った。


「資料は、見つかったかな?」


 頭を撫でられることを享受していると、時間がかかってしまったから、暇を持て余した緋郷が顔を覗かせた。


「うおっ。い、いや、何か、誰かが持って行っちゃったみたいで無かった。だから複製が無いか、屋敷の誰かに聞こうと思ったんだけど」


 さすがに、見られている中で撫でられているのは恥ずかしい。

 懐かしい気持ちを感じていたのだが、緋郷に見られると不都合があるので、慌てて離れた。


「複製、ねえ。たぶんないと思うけどなあ」


 撫でられていたことには何も言われなかったので、安心する。


「え、何で? こういう時は、もしものために複製を用意しておくものじゃないの?」


「普通はそうだろうけどね。でも、この屋敷では普通は必要ないだろう。だから用意していないはずだよ」


「そうか」


 そうなると、また行き詰まりというわけだ。

 僕は、大きなため息を吐いた。


 それを見て、遊馬さんが再び頭を撫でてくれようとしたけど、さすがに避けた。



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