第18話




 その後は無言で、緋郷を引きずりながら図書室を目指した。

 そろそろお昼の時間にもなってきたので、調べ物を終えたら何かを作ってもらおう。


「緋郷は、何を食べたい?」


「んー、辛いものが食べたいな。何かこう唐辛子! って感じのかな」


「それもいいかもね」


 胸やけをするぐらい、甘さが体に広がっている。

 相殺するぐらい、舌が馬鹿になるぐらい、辛いものもいいかもしれない。

 緋郷に同意をしながら、誰にも会わずに図書室まで行く。


「うわあ……」


 図書室は、何度来ても圧巻される。

 一生かかっても読み切れない量が、しかし一定の条件を持って並べられていた。


「ここは、言葉通り知識の宝庫だねえ。何でも分かるんじゃないかなあ」


 緋郷も同じように、隅々にまで並べられた本に目を輝かせている。


「何でも分かるは大げさだって。さすがに限界があるだろう。全部の知識を集めたら、本の海になっちゃうよ」


「それはいいね。本の海におぼれて死ねるなんて、一定の人にとっては理想なんじゃないかな。自分の全財産を出してでも、ここに住む権利を欲しい人なんて星の数ぐらいいるだろうね。まあ何億、何十億、何百億を出しても足りないけど」


 確かに、ここの蔵書の数々は、金額を出せないほどの価値があるはずだ。

 そんなところに短時間でもいさせてもらえるのだから、もっとありがたいと思うべきなのかもしれない。


「さて、と。ここに、鳳さんと飛知和さんに関する資料があるんだよね。どう調べようか」


「どこだろうねえ」


「いや、どこって……まさか一緒に探してくれるよね? さすがにこれを隅から隅まで見るのは、一日あっても足りないと思うんだけど。それをさせるような酷いところは、無いよね?」


「んふふ」


「いや、笑い方」


 本を読むのは好きだったから入り浸っていたけど、この膨大な数から目的の資料を探し出すのは、どう考えても簡単なものではない。

 緋郷が手伝ってくれなかったら、絶対に無理である。二徹は体に悪い。だから避けたいのだけど。


「サンタ、頑張れ」


 やる気のない緋郷は、全く動く気配が無い。

 それが分かってしまった僕は、出来れば早めに見つけられたらいいと、祈りながら腕まくりをした。


「……ちっ。お前達、こんなところにもいるのかよ」


 さて、やるか。

 そう気合を入れた後ろから、苛立ち混じった声が聞こえてきて、僕は後ろを向く。


「あ、遊馬さん。灯台は、もう見終わったんですか?」


 そこにいたのは、先ほどまで一緒だった遊馬さんで、ポケットに手を入れてこちらを睨んでいた。


「まあな。中に入れろと言ったのに、規則がどうとかで断られた。中に入れなかったら、いる意味なんてねえだろ。だから、さっさと帰ってきたんだよ」


 イライラはしているが、会話はしてくれる。


「そうなんですね。僕も中に入りたかったんですけど、怒られてしまうから諦めました。……それで聞きたいことがあるんですけど、昨日遊馬さんは図書室で調べ物をしていたんですよね。その中に、鳳さんと飛知和さんに関するものはありませんでしたか?」


 それをいいことに、僕は自分が楽になれる方法を探した。


「あ? 何でそんなのが必要なんだよ?」


 彼の疑問も、もっともである。


「実はですね。鳳さんと飛知和さんが、ただの顔見知り程度では無かったことが分かったんですよ。二人は昔、何かしらの罪を犯して、それを隠ぺいした過去があるみたいなんです。だからそれを知れば、殺された理由も分かるかもしれなくて。緋郷が、ここにならその資料があるんじゃないか、と言ったので来たんですけど、どこに置いてあるのか知らないものを探すのは時間がかかるので、遊馬さんが知っていれば楽だなあって思ったんです」


「お、おう」


 こっちのことが気になってしまった時点で、協力させるのは決定している。

 僕は口を挟む隙を与えずに、自分の希望を言う。

 遊馬さんも圧倒されて、頭ではきちんと分かっていなかったけど、とりあえずといった感じで頷いてしまった。

 そうすれば、もうこっちのものだ。


「ありがとうございます! 早速なんですけど、どこら辺にあるかなんて、ぼんやりとした感じで良いので教えてくれませんか?」


「はあ」


 僕は、遊馬さんの腕を掴んで案内させようとする。

 しかし覚醒した彼は、僕の手を振り払い、二三歩離れた。


「いちいち触るな。そんなことをしなくても、案内してやるから! 離せ!」


 そして僕が掴んだ腕を何回かはらうと、どこかに向かって歩き出す。

 歩いていく様子を眺めていれば、くるりと振り返り叫ぶ。


「何ボーっと突っ立ってんだ! 早くしないと置いていくぞ!」


「あ、はーい。今行きまーす」


 案内してくれると言うのなら、怒らせないようにしなくては。

 僕は努めて明るい声を出して、彼の元に駆け出す。

 緋郷は立ち止まったままなので、ついてくる気は無いみたいだ。


 遊馬さんの迷い無い足取りで辿り着いた先は、図書室の隅の隅だった。

 こんなところにあるのなら、何も手掛かりなく探していたらどうなっていたことか。

 ぞっとしない気持ちを感じながら、大人しく彼が案内するのを待った。


「確かここに……あ?」


 遊馬さんは昨日の時点で場所を見つけていたのか、とある本棚の前に立つと手を伸ばした。

 しかし、その手は止まる。


「あ? 何だ? 昨日はここにあったはずだよな」


 首を傾げる遊馬さんは、数秒固まるとゆっくりと振り返った。


「あのよお。昨日は確かにここにあったんだけど、何か無くなっているわ」



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