第17話




 今までにないぐらい事件の真相に近づいているのに、最後の一歩を踏み出せない。

 歯がゆい思いをしている僕は、緋郷がいつも通りの様子なのに、苛立ちを感じてしまった。


「緋郷、何でそんなに余裕なの」


 そして、ものすごく棘を含んだ言い方で、八つ当たりをした。


「どうしたの、サンタ。カルシウムが不足しているんじゃないかな。イライラしすぎだよ。そんなに怒ったら、嫌な人になっちゃうよ」


 しかし緋郷には通じずに、のほほんとした返しがされる。

 それに毒気を抜かれ、僕は少しだけ落ち着きを取り戻した。

 確かにイライラしすぎだった。

 しかもその苛立ちを、緋郷にぶつけるなんて間違っている。


「ごめん、ちょっと頭に血が上っちゃって。本当にごめん」


「んー、別にいいよ。それよりも、どうしたの? そんなに怒っちゃってさ」


 僕が反省して謝ると、全く気にしていなかったようで、軽く許してくれた。

 自分の心の狭さが嫌になりつつ、僕は深呼吸をする。


「鳳さんと、飛知和さんが、昔どんな罪を犯したかっていうこと。それが分かれば、殺された理由が見えてくるんじゃないかなって」


「おー、なるほど」


 今までの話を聞いて、その結論に辿り着かなかったのだろうか。

 話は聞いていただろうけど、僕達とは違う視点で物事を見ているから、その考えは隅に追いやられていたということか。

 その考えは遠回りをしている可能性があるし、逆に一番真実に近いところにいる可能性もある。


 最後になるまで、緋郷の考えなんて誰も読み取れない。

 そして結果は、全て彼の思い通り。

 だから凄い、としか言いようが無いのだ。


「でも、スマホは預けちゃったから、そういうのは調べられないだろう。そうなると、もうどうしようもないから、困っていたところ。何か良い案無いの?」


「あるでしょ」


「えっ。あるの?」


 緋郷に聞いた僕が馬鹿だったと、聞いてから思ったけど、まさかのあるという返事。

 僕は食い気味に、緋郷に尋ねる。


「あるでしょ。調べる方法。僕よりもサンタの方が詳しいと思うんだけど。本当に気が付いていないの? それとも気が付いていて、わざと知らないふりをしている?」


「え、僕の方が詳しい……? ……もしかして、図書室?」


「ご名答」


「でもあそこは、本がある場所だろ? そういうのは」


「あれ、気が付いていなかったの? あそこは、何でも揃っているよ」


 何回か言ったことはあるが、貴重な本ばかりに気を取られていて、他のものに注意を向けていなかった。

 そういう俗世的なものもそろっていたなんて、もっと早くに気が付いていれば閲覧していたのに。


「そうなんだ。それなら見に行こうかな。お二人もどうですか?」


「……あ、いや、えっと……私達は遠慮、しておきます。まだ話したいこともありますし……」


「そうですか。それなら、お邪魔をするのも無粋ですし。行こうか、緋郷」


「えー。僕はここに残っていても」


「行くよ」


 緋郷は鳳さんと飛知和さんに会いたがっているみたいだけど、どうせ土の中だ。顔を見ることは出来ない。それに来栖さん達の邪魔になるのは、どう考えたとしても明らかだった。

 お邪魔虫を置いていくと、恨まれるのは僕なので、引きずるように連れていく。

 ぶつぶつと何かを言っているのを、完全に無視をする。


「それでは、また会いましょう」


「は、はい」


 また会いたくは無さそうに見えても、一応は返事をしてくれるところは良い人である。

 その優しさに付け込まれて、壺でも買わされなければいいけど。

 未だに賀喜さんを信じていないから、来栖さんが騙されているんじゃないかと思ってしまう。


 そういう意味では全くないが、来栖さんのことは好きだ。

 幸せになってほしいと思っているので、騙されているのなら、すぐに目を覚ましてほしいけど。

 先ほどの賀喜さんを守っている様子から考えると、僕が心配し過ぎか。


 あの二人の奇妙な関係性は、主を失って共依存のようになったように思える。

 今まで付き従っていた人がいなくなった喪失感を、お互いで埋め合っているのだろう。

 この島限定で終わるのか、ずっと続けられるのかは本人たち次第の、とてももろい関係。


 まあそんなのは、誰にでも言えることだ。

 僕と緋郷の関係性だって、下手をすればこのままで一番もろい。

 色々な偶然と幸運が重なり、未だに一緒にいるだけ。

 そして離れる時は、僕からではなく緋郷からのはず。

 覚悟はしているつもりだけど、そうなったらどうなってしまうのだろう。


「そんな怖い顔をしなくても大丈夫だよ。サンタ。大丈夫大丈夫」


 ぶつぶつと呟いていた緋郷とは違い、僕の考えは口には出していなかった。

 それなのに、まるで聞いていたかのような言葉をかけられた。


「……な、に言っているの」


 油断をしていたせいで、声が震えてしまった。

 彼には分かるはずがない。僕の気持ちなんて。


「何となくかな。何か、今そう声をかけてあげたくなった。んふふ」


 やっぱり分かっていなかったのに、どうしてかけてほしかった言葉が出てくるのだろう。


「は、はは。本当、何を言っているの。馬鹿」


 僕は少し涙が出そうになりつつ、それを誤魔化すように憎まれ口を叩いた。



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