第21話
「お待たせ致しました!」
厨房の扉が開き、冬香さんのくぐもった声が聞こえてきた。
そうなるのも当たり前だ。冬香さんは、ガスマスクをつけているのだから。
そこまで、すごいものを作ってくれたらしい。
「千秋も手伝ってくれた、特製ラーメンです!」
千秋さんも手伝ったのか。
それはきっと嫌がらせも込めて、とてつもなく辛くしているはずだ。
唐辛子だけではない辛みに、目も鼻もすでに舌も痛い。
「すみません。この島には、キャロライナリーパーしかなかったので、それを使用させていただきました。きちんと健康を考慮した配合です。安心して、全部食べてください」
キャロライナリーパーという唐辛子は、名前だけ聞いたことがある。
辛さでギネスブックに載った、とてつもない唐辛子ではないか。
それしかなかったと謝罪してきたが、むしろ何故それはあったのかと問い詰めたくなる。
まあ健康に配慮はしたと言ったので、食べて死ぬことは無いはずだ。
きっと辛さの中に、美味しさだって感じられると信じよう。
ガスマスクをつけたままの冬香さんは、僕達の前に器を置く。
ラーメンどんぶりに入ったラーメンは、目に痛々しいほど真っ赤だった。
絵の具でも入れたのかと思うぐらい、鮮やかな赤に、口元が引きつる。
「大丈夫か?」
隣の鷹辻さん達は、冬華さんに渡されたガスマスクを装着していた。
レンズ越しに向けられた心配する目に、僕は親指を立てる。
「だいじょーぶです」
気持ちが全く込められなかったが、鷹辻さんは安心したみたいだ。
食べないから、他人事なんだろう。
自分で招いた事態だけど、ずるいと思ってしまった。
「うわあ。美味しそうだね」
逆隣の緋郷は手を合わせて、いただきますと挨拶をした。
目の前にある激辛に対し、全く恐怖を抱いていない。
きっと平気なのだろう。羨ましい限りである。
「い、いただきます」
緋郷が食べるのなら、僕も食べなくては。
食べ物は粗末にしてはいけない。亡き母の遺言である。嘘だが。
目に痛い湯気。箸で持ち上げると、空気が動いて余計に目にしみた。
箸で持ち上げたが、そこから口までに動いてくれない。
僕は手が勝手に口から遠ざけようとしているのを、何とか顔を近づける。
まだ口に入れていないのに辛さを感じて、くじけそうになってしまう。
しかし僕も男だと、勢いに任せて口に入れた。
「っ!? がっ!?」
口に詰め込めば、何とかなると思っていた。
思っていたが、想像よりも刺激が口いっぱいに広がり、僕は一口だけで悶絶する。
水が欲しい。
欲しいのだが、こういう時は水よりも牛乳の方が良いと聞いたことがある。
僕は顔が熱くなり、そして一気に顔全体から汗を流しだす。
一口食べただけでこうなったのだから、完食するとなったら体中の水分が無くなってしまうのかもしれない。
「大丈夫ですか? あ、あの。もしも食べられそうになかったら、別のものをご用意いたしますよ?」
くじけかけたが、冬香さんが見ているのを感じれば、残すなんて選択肢は無かった。
「い、いえ。食べます。全部食べますとも」
辛さの中から、美味しさを感じればいいのだ。そうすれば、僕にも勝機がある。
隣で、涼しい顔で食べ進めている緋郷を真似すればいい。
これは美味しいラーメン。これは美味しいラーメン。
「あ! 言い忘れていましたが、味噌味です!」
これは美味しい味噌ラーメン。これは美味しい味噌ラーメン。
暗示をかけ続ければ、何だか匂いに慣れて来たのか、味噌を感じられるようになってきた。
いける気がする。
根拠のない自信がわいてきて、また麺を箸で持ち上げた。
「いただきます」
もう一度、自分に言い聞かせるように声を出す。
そして勢いのまま、また口に入れた。
「ぐ……む……」
辛さにも多少慣れたのか、今度は食べ続けることが出来そうだ。
一回止まってしまったら、気持ちがなえてしまいそうなので、もう無心になって食べていく。
そうすれば、何だか辛さの奥にある味噌の香ばしさが、口の中に広がる。
「お、おいひい、です」
唇がひりひりしているので、少し口が回らなかったけど、冬香さんに感想を伝えられた。
「そうですか! ゆっくり食べてくださいね」
「凄いな! そんなに辛いものを食べられるなんて!」
「サンタのお兄ちゃん、凄い!」
冬香さんも含め、期待の眼差しが眩しい。
これはスープまで飲み干さないと、期待に応えられなさそうだ。
更にハードルが上がった食事に、僕は意識が遠のきかけたが、緋郷の真似をして口に詰め込み続ける。
「美味しいね。サンタ。ピリリと辛くてさ」
「そうだね」
ピリリどころではないけど、緋郷の言葉に同意しておく。
会話をする余裕が、全く無かった。
そうして何分経ったのだろうか。
どんぶりの底が見えてきて、僕は達成感から涙が出た。
それは辛みに反応した分も含まれていたが、僕以外には分からないだろう。
「ご、ごちそうさまです」
スープの最後の一滴まで飲み干して、手を合わせる。
「わー、お粗末様です!」
冬香さんと鷹辻さん槻木君の拍手が僕を包み込み、何だか一仕事を終えたような気分だった。
「美味しかったですよ」
強がりでお礼を言うと、彼女はにっこり笑って言う。
「おかわりもありますが……」
「それは遠慮しておきます」
「俺はもらう」
もう二度と、食べることは無い。
その隣で同じタイミングで食べ終えた緋郷は、おかわりを要求していたので、舌が馬鹿なんだと思った。前々から知っていたけど。
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