第11話




 二日続け、死体を埋めることになるなんて。

 もしもバレたら、刑務所行き確実である。

 りんなお嬢様が上手く隠してくれるのを祈って、僕は再び穴を掘っていた。


 昨日の疲れはありがたいことに体にこなかったけど、明日はさすがに無理かもしれない。

 筋肉痛は、パフォーマンスを低下させる。

 本当はこんなつもりではなかったのに。

 犯人も、そこらへんは考慮してほしかった。


 明日あたりに殺してくれた方が、もう少し楽だったけど。

 それは、向こうの都合もあるから無理か。

 きっとこのタイミングでしか、殺せない事情があったのだろう。

 はた迷惑な話だ。飛知和さんにとっても。


 色々と言いたいことはあるが、僕は文句を言わずに穴を掘り続ける。

 今回は人手が足りないので、僕と緋郷で黙々と手を動かした。

 飛知和さんのためだから、緋郷も真面目に掘ってくれる。それだけが救いだ。


 鳳さんの時とは違い、飛知和さんは上背がある。

 横は細いが縦が長いので、その分掘るスペースは大きくしなければならない。

 昨日よりも休憩を挟みながら、時間をかけて掘り進めていく。


「このぐらいで良さそうだと思う?」


「んー。まあ、いいかな」


 今回はカルミアの花畑に来る前に、千秋さんによってビニールで包み込む作業は完成済みだ。

 二人で運ぶのは大変だったけど、緋郷はこういう時のために鍛えているだろうから、全く屁としていなかった。

 むしろ、お姫様抱っこをしようとしていたのを阻止したぐらいだ。

 それを許可したら、恐らく地の果てでも走って行くので、これでも気を遣っている。


 穴からはい出て、僕が足元、緋郷が頭を持ち、丁寧に穴の中に戻る。

 そして地面にゆっくりと下ろすと、目を閉じた。

 昨日は色々あったけど、飛知和さんの死は痛ましい。

 彼女に対して、追悼を捧げるぐらいの気持ちはある。


 数十秒目を閉じると、僕は目を開けた。


 緋郷が飛知和さんのビニールを剥がして、その顔に顔を近づけようとしているところだった。


「おい、馬鹿緋郷」


 さすがに乱暴な口調になり、頭を勢いよく叩く。

 緋郷の気持ちは分からないではないけど、見過ごすには無理があった。

 こういうことをするのなら、僕の見えないところでやってくれればいいのに。

 見つけてしまったら、止めなくてはならなくなるのだから、少しはタイミングを考えて欲しい。


「ちぇっ……もうやらないから。その拳を下ろしてくれないかな」


 スーツのポケットに手を突っ込み、ふてくされている緋郷はキスするのは諦めてくれた。

 二人きりだとは言っても、気を抜き過ぎである。


「誰がどこで見ているか分からないんだから、行動には気を付けてって、さっき注意したばかりだよね。きちんと聞いていたと思っていたけど、僕の思い違いだったのかな?」


「ちゃんと聞いていなかった。ごめんね」


「まあ、そうなるのは予想していたけど、いっそ清々しいよね」


 緋郷は聞いていないのに、聞いているふりをするのが得意だ。

 それに何度も騙されてきたけど、本当に判別が付きにくい。


「それじゃあ、もう一度言うね。緋郷が地下室から出られたのは、あくまで仮釈放だから、変な行動は慎んで。誰がどこで見ているかは、分からないんだからさ」


「はーい。次から気をつけまーす」


「気をつけて。変な行動は厳禁」


 ふざけた言い方ではあるけど、今度はちゃんと聞いてくれた。

 僕はそれを確認して、もう一度注意を重ねておく。


「ほら、ちゃんとビニールかぶせ直して。きちんとしておかないと怒られるよ」


「んー。ちょっと待って」


 早くビニールをかぶせて、早く土をかけてしまおうと急かしたのだが、真剣な声で止められて口を閉じる。

 緋郷は、先程までおかしな行動をしていたとは思えないぐらいに真面目な顔で、飛知和さんの顔を観察し始めた。


 部屋でも観察していたのに、何を見ているのだろうか。

 邪魔は出来ないので見守っていれば、納得したように頷き、僕を手招きした。


「ちょっと、これを見てごらん」


「ん? どれ?」


 呼ばれたから近づき、一緒に顔を覗く。

 しかし緋郷とは違い、死体の顔を見てときめくタイプでは無いので、普通にうわあっと思ってしまう。

 それでも嫌がらせでこういうことはしないだろうから、我慢して観察をする。


 まじまじと見ているけど、何が気になったのか分からない。

 だから僕は、凡人なのだろう。

 自己嫌悪に陥りながら、ギブアップして緋郷に聞いた。


「どこが気になるの?」


 馬鹿みたいな僕の質問に、緋郷は呆れもせずに飛知和さんの髪の毛をすくい上げた。


「これ。せっかく綺麗な髪なのに、絡まったり、カーペットの繊維が沢山ついている」


「そう、みたいだね」


「だからもったいないな、っていうのと、多分刺されてから少しの間、珠洲さんは生きていて多少は動けたんだと思うよ」


「そっか」


 それが知ったところで、僕は結局緋郷が何を言いたいのか分からない。

 動けたから、右手を伸ばして何かを掴もうとしていたのではないか。

 しかしそれは、犯人によって回収されている。


 改めて、言うような大発見では無いと思うけど。


 そうやって僕がグルグルと考えているあいだに、緋郷はビニールをかぶせ直し、さっさと穴から出てしまった。


「ほら、サンタ。早く埋めよう」


 緋郷にそう言われてしまったら、早く穴から出るしかない。

 僕は残った謎にモヤモヤしながら、惰性のような動きで飛知和さんの体に土をかぶせた。



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